タイの大麻市場は2025年に約1700億円規模に達する見込みでしたが、政府の再規制により業界は大きな転換期を迎えています。アジア初の大麻合法化から一転、医療目的のみに限定する新方針により、市場参入を検討する日本企業は最新動向の把握が急務となっています。
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タイの大麻合法化に関する概要
タイの大麻事情について
タイは2022年6月9日、アジアで初めて大麻を合法化した国となった。それまで大麻は麻薬取締法に基づく第5種麻薬リストに分類されていたが、この日を境に大麻植物のすべての部分(葉、茎、根、種子など)が麻薬リストから除外された。
この合法化の背景には、コロナ禍で大きな打撃を受けたタイ経済の立て直し策の一環として、医療用大麻の需要拡大や観光客による経済的利益への期待があった。合法化後、バンコクを中心に大麻関連ショップが急増し、タイ保健省によると2023年1月時点で国内に7,700の大麻ショップが登録されている。これは東京都の登録コンビニエンスストア数(7,617店舗)を上回る規模である。
しかし、2023年に新政権が発足すると、娯楽目的の大麻使用を再び規制する方向へと政策が転換した。2024年1月にタイ保健省が公開した法案では、違反者に多額の罰金または1年以下の禁錮刑を科す内容が盛り込まれ、2024年末までに娯楽目的の大麻使用を禁止する方針が示された。
タイの麻薬法の変遷
タイにおける大麻に関する法規制は、以下のように変遷してきた:
1934年(仏暦2477年):「พระราชบัญญัติกัญชา พ.ศ. 2477」(大麻法)が制定され、大麻の所持、販売、使用が違法となった。
1979年(仏暦2522年):「พระราชบัญญัติยาเสพติด พ.ศ. 2522」(麻薬法)が制定され、大麻は第5種麻薬に分類された。
2018年:医療および研究目的での大麻使用が初めて合法化された。これにより、タイは東南アジアで初めて医療用大麻を合法化した国となった。
2020年後半:THC濃度が低いカンナビス(マリファナとヘンプの両方)の特定部位が麻薬リストから削除された。
2021年12月15日:大麻と大麻の一部(葉、茎、根など)が麻薬リストから除外され、THCが0.2%以下の製品は医療、研究、健康製品などに使用できるようになった。
2022年6月9日:大麻植物全体が麻薬リストから完全に除外され、事実上の合法化が実現。これにより、家庭での栽培や商業利用が可能となった。
2023年:新政権が発足し、娯楽目的の大麻使用を再び規制する方針を打ち出す。
2024年:娯楽目的の大麻使用を年末までに禁止する方針が示される。ただし、医療目的の使用は引き続き認められる。
2025年6月23日:保健省が新たな規制を発表し、大麻の花を「管理された薬草」として指定。医療目的での使用のみを認め、医師の処方箋が必要となった。
この法規制の変遷は、タイ政府の大麻に対する方針が医療目的の利用促進と娯楽目的の使用制限の間で揺れ動いていることを示している。
タイの大麻による経済効果
タイの大麻市場
大麻合法化がタイ経済にもたらした効果は顕著である。バンコク・ポストの調査によると、タイ国内の大麻市場規模は2025年には約430億バーツ(約1700億円)に達すると予測されている。別の調査では、2023年の10億2000万米ドルから2032年には128億米ドルへと急増し、年平均成長率(CAGR)32.5%を記録すると予想されている。
大麻合法化による経済効果は以下の分野で顕著である:
観光業:大麻ショップ利用者の大半は外国人観光客であり、地元の人の感覚では利用者の90%以上が外国人観光客と言われている。これにより、コロナ禍で打撃を受けた観光業の回復に貢献している。
医療ツーリズム:タイは医療制度が先進的で手頃な価格であることから、医療ツーリズムの目的地として知られており、医療用大麻の合法化により、この分野での新たな需要が創出されている。
農業部門:大麻栽培は農家に新たな収入源をもたらし、農業部門を強化している。タイの熱帯性気候は大麻栽培に理想的であり、高品質な大麻の生産が可能となっている。
雇用創出:大麻関連産業の発展により、栽培、製造、小売りなどの分野で新たな雇用機会が生まれている。
タイ政府は、大麻栽培農家に対する税制優遇措置や補助金などの政策を通じて、良好なビジネス環境を整備する取り組みを行っており、国内外の投資家から注目を集めている。
タイの大麻市場は合法化後、急速に拡大している。2022年6月の合法化から1年半で約6000店以上の大麻ショップが開店し、2023年1月時点では7,700店に達している。これらのショップはバンコク中心部だけでなく、一般的なショッピングモール内にも出店されており、乱立状況となっている。
タイ産業麻取引協会によると、大麻ビジネスの市場価値は約400億バーツで、2024年には700億バーツに成長すると予想されている。また、プロヒビション・パートナーズの調査では、タイの嗜好用大麻市場の規模は2024年までに4億2400万ドル(約540億円)に達する可能性があるとされている。
大麻ビジネスの現状~食品・飲料~
2021年の法改正により、食材として大麻の使用が可能となった。大麻入りの食品や飲料を摂取するかについての世論調査によると、50.8%が摂取すると回答した。摂取すると回答した人の理由は、薬効があるハーブのため(52.5%)、試したい(21.1%)、以前に試した事があり美味しかった(18.0%)という順で多かった。
食べないと回答した人の理由は、麻薬と見做している(54.9%)、新しい物/珍しい物を試すのが好きではない(30.1%)、先天性疾患がある(10.0%)という順で多かった。
大麻を使用した食品は、バター・ゼリー・クッキー・グミ・ブラウニー・お茶・ポップコーン等があり、国内全体で販売されている。Osotspa・Ichitan・Carabao等の飲料業界の大手ブランドも大麻を使用した飲料製品の開発に取り組んでいる。また、多くのレストランやコーヒーショップが大麻入り食品の販売を始めている。
具体的な製品例:
・タイの食品会社Doidamは、「ヘンプ ダブル ショット」という大麻入りドリンクを発売
・Yanheeからは「ヤンヒー カンナビス ウォーター with ビタミンB12」が発売され、全国のセブンイレブンで入手可能
・海苔菓子製造大手タオケーノイ・フード&マーケティングは大麻成分入り製品の開発を進めている
・大手商社ロクスレーは大麻成分入りの芳香飲料を開発し、約4000ヵ所ある自社販売網に載せる計画
大麻ビジネスの現状~医療ツーリズム~
タイでは、2019年からパーキンソン病・てんかん・末期癌などの患者に医療用大麻を使用しており、大麻を使用した治療が増えている。2021年には、全国の700を超えるタイ保健省傘下の病院で医療用大麻サービスが受けれるようになった。65,000人以上がサービスを受け、サービス回数の合計は100,000回以上となった。全地域の保健省傘下の病院において、大麻クリニックを開設することが目標とされている。
2021年には、タイ保健省、タイ観光・スポーツ省が協力し、医療用大麻ヘルスツーリズムプロジェクトを立ち上げた。メコン川沿いの東北部の7県において、大麻の栽培地やクリニック、スパなどの訪問活動を行う。
バンコクのスクンビット通りにある「ซัมเมอร์ พอยท์」(サマーポイント)ビルでは、ハイエンドの医療用大麻クリニックが2022年第3四半期にオープンし、タイ人と外国人観光客の両方を対象としたサービスを提供している。
大麻ビジネスの現状~化粧品~
2021年の法改正により、食品・化粧品・ハーブ製品などに大麻を使用できるようになった。Karmart、Beauty Community、Do Day Dream等のタイの化粧品企業が、大麻・ヘンプを使用した製品を研究している。
タイ保健省食品医薬品局(FDA)には、大麻・ヘンプを成分に含む化粧品の登録申請が多数きている。2021年10月29日時点で、218件の大麻入り化粧品の認可が降りている。公的機関HRDIの原料を使用したヘンプシードオイル化粧品、認可されたコミュニティ事業体の原料を使用した石鹸・シャンプーなどの製品が含まれる。
FDAと地方保健局は国の経済推進を支援するため、化粧品の製造業者と輸出業者に便宜を図っている。大麻・ヘンプを成分に含む化粧品の登録申請・支払いは電子システムを通して可能となっており、3営業日内に認可される。また、FDAは化粧品登録申請・ラベリングに関するアドバイス、輸出業者向けの電子システムによる輸出証明書の発行サービスも提供している。
タイ政府の大麻に関する展望
医療大麻によるヘルスツーリズムの発展
タイ政府の大麻に関する展望は、医療目的の利用促進と娯楽目的の使用制限のバランスを取ろうとする方向に進んでいる。2023年に新政権が発足して以降、政府の方針は大麻の完全な自由化から、より規制された枠組みへと転換している。
タイ政府の大麻に関する展望は以下の通りである:
医療目的の利用促進:政府は医療目的での大麻利用を引き続き推進する方針である。チョンラナン保健相は「医療目的の使用は引き続き認める」と明言している。
娯楽目的の使用制限:2024年末までに娯楽目的の大麻使用を禁止する方針が示されている。これは、大麻の誤った使用がタイの子どもに悪影響を与えるという懸念に基づいている。
規制の枠組み整備:政府は大麻の生産、販売、非医療用途の消費を規制するための新たな法的枠組みを整備しようとしている。2024年9月に発表された「大麻を合法のまま規制する」新法案は、大麻とヘンプの医療的および経済的利益を重視しながら、過去2年間の規制不足による悪影響を軽減することを目的としている。
経済的利益の追求:政府は大麻産業の経済的利益を引き続き追求する方針である。農業部門を強化し、外国投資を誘致し、大麻関連ビジネスを通じて新たな収入源を創出するというビジョンを持っている。
教育と啓発:政府は大麻の適切な使用に関する教育と啓発を強化する方針である。特に若者に対する薬物教育の強化や、SNSを活用した啓発活動などが提案されている。
国際的な位置づけ:タイは大麻分野でアジアをけん引する国としての地位を確立しようとしている。これにより、外国人観光客の増加と医療ツーリズムの発展が期待されている。
タイ政府の大麻に関する展望は、医療と経済の両面での利益を最大化しながら、社会的な悪影響を最小限に抑えるバランスを取ろうとするものである。
大麻に関する教育機会の提供
タイでは大麻合法化に伴い、大麻に関する正しい知識と理解を広めるための教育機会が提供されている。これは、大麻の適切な使用を促進し、誤用や乱用を防ぐために重要な取り組みである。
大麻に関する教育機会の提供は以下の形で行われている:
大麻学習センターの設立:タイ保健省はナコンパノム県に大麻学習センターを開設する計画を発表している。この施設は、医療目的の大麻活用方法などについて学ぶ同県最大の施設となり、地域経済の活性化や地域住民の収入増につながることが期待されている。
大学での研究と教育:タイの大学では大麻に関する研究と教育が行われている。例えば、チェンマイ大学の農学部では大麻栽培に関する研究が行われており、学生や研究者に教育機会を提供している。
専門家による講演やセミナー:医療用大麻の専門知識や法務に関するセミナーや講演会が開催されており、医療従事者や一般市民に教育機会を提供している。
若者向けの薬物教育:学校教育で海外の薬物事情や法律の違いを学び、危機感を持てるようにする取り組みが行われている。これにより、若者が大麻の適切な使用と危険性について理解できるようになることが期待されている。
SNSを活用した啓発活動:インフルエンサーや動画コンテンツを通じ、若者に分かりやすく大麻のリスクを伝える取り組みが行われている。
海外渡航前の注意喚起:旅行前のガイドラインや空港での注意喚起を充実させ、違法行為を防ぐための教育が行われている。
公開討論の促進:海外の事例を踏まえ、大麻のリスクや規制のあり方について冷静に議論する機会が増やされている。
タイの大麻に関する課題
大麻ビジネスによる詐欺の横行
大麻生産に関連する詐欺も発生している。生産エリア拡大を希望する際は、タイ保健省食品医薬品局(FDA)へ申請し、食品法で定められた手数料を支払えば良い。しかし、生産地記載も必要であるなどと偽り、最大20万バーツを騙し取るなどといった手数料詐欺も起きている。
例えば、ドバイに拠点を置く「FAGT」という投資会社が大麻ファンドを立ち上げたが、その背後には投資詐欺で知られる人物がいたとされる。また、THC含有量が表示と異なる製品や、有害物質を含む偽の大麻製品が市場に出回っている。さらに、正規の許可を得ずに大麻ビジネスを営む業者も多く、消費者は適切な品質管理や安全基準を満たさない製品にさらされるリスクがある。
大麻の依存症リスク
大麻の合法化に伴い、依存症のリスクも懸念されている。タイでの大麻使用の増加により、依存症に関する問題も顕在化している。
そのため、麻薬リストから除外するのではなく、麻薬として扱うべきだという意見もある。また、抽出物に関する条件だけではコントロールが難しいため、麻薬扱いにならない抽出物の条件も示すべきとの意見がある。
さらに、大麻は脳への影響も及ぼす。大麻を使用する事が将来の社会にどれだけ悪影響を及ぼすかについて懸念する声が上がっている。
基準値超えの大麻製品の流通
THC含有量が0.2%を超える大麻抽出物は麻薬扱いとなるが、レストランで提供される料理をはじめとして、薬品・食品・各種製品のTHC含有量を確認することは困難である。THC測定はラボのみで行われ、検査費用はかなり高い。製品ごとに検査行う事は難しいため、政府は基準等を明確にする必要があるとの指摘がある。
Bangkok Biz Newsの発表によると、市場で入手した大麻を使用した食品・菓子・乾燥食品・飲料のサンプルについてTHC含有量を調査したところ、飲料・粉末茶0.214〜0.231%、クッキー0.498%など、THC含有量0.2%未満という基準を満たしてないケースが多く確認された。
販売者が売れ行きを良くするために、密かに多めの大麻を混ぜる可能性があるとの懸念もある。大麻を含む全ての食品は、販売前に検査が必要であり、食品成分として使用される大麻についても検査すべきとの意見が上がっている。
まとめ
タイの大麻合法化は、アジア初の大胆な政策転換として注目を集めた。2022年6月9日に実施された合法化により、大麻植物全体が麻薬リストから除外され、医療目的だけでなく一般使用も可能となった。この政策変更は、コロナ禍で打撃を受けたタイ経済の立て直し策の一環として実施された。
合法化後、タイでは大麻関連ビジネスが急速に拡大し、バンコクを中心に全国で7,700以上の大麻ショップが開店した。市場規模は2025年には約1,700億円に達すると予測されており、食品・飲料、医療ツーリズム、化粧品など様々な分野で新たなビジネスチャンスが生まれている。
しかし、合法化に伴い多くの課題も浮上している。規制の不明確さ、過剰摂取のリスク、子どもへの影響、THC含有量の測定の困難さ、違法市場の存続、国際関係への影響、政策の一貫性の欠如などが主な課題として挙げられる。また、大麻ビジネスを装った詐欺行為の横行、依存症リスクの増加、基準値超えの大麻製品の流通なども問題となっている。
2023年に新政権が発足すると、タイ政府の方針は大麻の完全な自由化から、より規制された枠組みへと転換した。2024年末までに娯楽目的の大麻使用を禁止する方針が示され、医療目的の使用のみを認める方向へと政策が変更されている。2025年6月には、大麻の花を「管理された薬草」として指定し、医療目的での使用のみを認め、医師の処方箋が必要とする新たな規制が発表された。
タイの大麻合法化の経験は、大麻政策の変更が社会、経済、健康に与える影響を理解する上で貴重な事例となっている。医療と経済の両面での利益を最大化しながら、社会的な悪影響を最小限に抑えるバランスを取ることの難しさを示している。今後も、タイの大麻政策の変遷と、それが社会に与える影響について注目していく必要がある。

バンコク在住のタイ人。タイにおける日系企業向け翻訳・通訳を6年間以上行う。経済、ビジネス、IT分野に興味があり、マーケティングや流通を含めた企業調査や、企業調査といった情報収集が得意。

