タイのキャッシュレス市場は2025年から2030年にかけて年平均成長率14%で急成長を続けており、PromptPayやTrueMoneyなどの主要プレイヤーが市場を牽引しています。
本記事では、タイ進出を検討する日本企業が知るべき業界の最新動向と主要企業の戦略を詳しく解説します。
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タイのキャッシュレス事情
タイでキャッシュレスが普及した理由と背景
キャッシュレス・電子決済を促進する為のタイ政府の取り組みである「国家電子決済マスタープラン(National e-Payment Master Plan)」が、2015年に閣議決定、推進されており、現金決済の割合は徐々に低下している。2016年から2018年にかけては、タイのキャッシュレス決済は83%に増加した。
国家電子決済マスタープラン(National e-Payment Master Plan)は、以下の5大プロジェクトで構成されている。
➀PromptPay(電子決済システムインフラ)
➁プラスチックカード利用の拡大
➂e-Tax(付加価値税、源泉徴収税、タックス・インボイスの電子化)
④政府給付金支払いの電子化(国民ID・電子カード使用による給付金送金 、社会保障情報の統合・公共福祉における一元化されたデータベース開発、公共部門による資金の受け取り・支払いの電子化)
➄電子決済の促進(国民への啓蒙活動 、公共部門による現金・小切手に代わる電子決済利用促進の為のインセンティブ付与)
2017年に電子決済システムであるPromptPayのサービスが開始された後、主要銀行や大手クレジットカード会社で規格が統一された標準化QRコードも導入された。これに伴いQRコード支払いが可能なポイントが増えると共に、QRコードを利用をした電子決済が急速に普及した。また、コロナ禍の影響による現金使用率の減少、オンライン購入の利用増加もキャッシュレス決済普及の後押しとなっている。
タイ社会の特徴として、明確な階層社会であり、農業従事者や自営業者が多数を占めている。そのため、クレジットカードを保有できるのは一部の層に限られていた。一方で、インターネットの普及率やスマートフォンの保有率は日本とほぼ同レベルに達し、銀行口座の保有率も高いことから、モバイルバンキングアプリの普及が進んだ。
タイでは、銀行アプリを通じた送金手続きが簡単で、異なる銀行間であっても手数料がかからないことが多い。また、QRコード決済は個人商店や屋台でも導入コストが低く、5,000バーツ(約2万円)以下の決済であれば消費者も店舗も手数料がかからないため、急速に普及した。
タイにおけるキャッシュレスの決済額の推移
タイの電子決済額は、2017年に339兆3940億バーツ、2018年に374兆9710億バーツ、2019年に408兆1990億バーツ、2020年に443兆2040億バーツ、2021年に459兆3740億バーツであった。また、電子決済取引件数については、2017年に41億9986万7千、2018年に60億8401万1千、2019年に89億8492万、2020年に133億9342万8千、2021年に206億6032万3千であった。
電子マネー用のカード枚数(アカウント数)も、2010年の約1,149万枚から2016年には3,915万枚へと急増している。これはタイの電子マネー市場の急速な拡大を示している。
タイの決済取引量も大幅に増加しており、2023年には約36億件の取引が記録され、前年の約28億件から大きく増加した。過去10年間で見ると、決済取引量は一貫して増加し続けている。
タイのデジタル決済は過去3年間で着実に増加し、2018年の1人あたり年間89件から2021年には1人あたり年間312件へと増加した。2021年末時点でPromptPayの登録ユーザー数は6,860万人に達し、1日平均3,620万件、1,126億バーツの取引が行われている。
タイのモバイル決済市場は2025年から2030年にかけて年平均成長率(CAGR)14%で成長すると予測されている。また、別の調査によれば、タイのモバイル決済産業は2025年までに15.4%のCAGRで成長し、492億3,720万米ドル規模に達すると予測されている。
タイにおけるキャッシュレスのサービス形態
電子決済は、タイ中央銀行の管理下にあり、以下8種類のサービス・形態がある。
➀ATM(現金自動預け払い機)
➁EDC・EFTPOS(クレジットカードやデビットカードの決済端末機・システム)
➂モバイル決済
④オンライン決済
➄ATMカード
⑥デビットカード
⑦クレジットカード
⑧電子マネー
タイの小売業界最大手のセントラルグループ傘化のスーパーマーケットチェーンTopsとコンビニFamily Martにおいて、電子決済は60%を占め、電子決済を多く利用する年齢層の順は➀35〜44歳➁45〜54歳➂25〜34歳となっている。また、2023年以降、消費者の電子決済の利用率は80%になると見込まれている。
2022年にはVisaやMastercardなどのタッチ決済でバンコクの地下鉄MRTに乗車できるオープンループが導入された。これにより、タッチ決済可能なクレジットカードやデビットカードを持っていれば、券売機や対面カウンターでトークンや専用ICカードを購入する必要がなくなった。
タイのキャッシュレス決済~カード決済事情~
クレジットカード
タイのクレジットカード発行枚数は、2017年20,334,780枚、2018年2,105,472枚、2019年23,998,653枚、2020年24,603,787枚、2021年25,145,787枚であった。
加盟している商店やオンラインショップ等での購買に利用されるクレジットカードであるが、タイにおける主なブランドは、VISA・Master Card・American Express・ JCB・Union Payである。また、発行については、バンコク銀行・カシコン銀行・サイアムコマーシャル銀行などの主な商業銀行の他、AEONのタイ法人であるAEON Thana Sinsap (Thailand)がサービスを提供している。
クレジットカードの決済手数料として、EDCを介しての決済は、例として、カシコン銀行の場合、Non-Premiumカードは1.80%・Premiumカードは2.40%となっている。また、オンライン決済については、銀行のPayment Gatewayでは3~5%、ノンバンクのPayment Gateway経由では、業者毎に異なり、例として、タイのオンライン決済サービスPay Solutionの場合は3.60%となっている。
デビットカード
タイのデビットカード発行枚数は、2017年54,329,727枚、2018年57,408,209枚、2019年64,772,849枚、2020年64,051,972枚、2021年64,846,431枚であった。
クレジットカードと同様にショッピングや預金の引き出し等に利用されるデビットカードであるが、バンコク銀行・カシコン銀行・サイアムコマーシャル銀行などの主な商業銀行が発行サービスを提供している。
国家電子決済マスタープラン(National e-Payment Master Plan)によるデビットカードの利用普及の為の政策により、EDCを介しての決済は、1.5~2.5%から 0.55%に引き下げられている。また、オンライン決済の場合、銀行のPayment Gatewayでは3~5%、ノンバンクのPayment Gateway経由では、業者毎に異なり、例として、タイ発祥の大手決済プラットフォーム2C2Pの場合は2.75%となっている。
タイのキャッシュレス決済~QRコード決済事情~
Prompt pay
PromptPayはタイ政府が国家電子決済マスタープラン(National e-Payment Master Plan)の一環として開発し、2017年から運用を開始した国主導の電子決済・送金システムである。銀行口座番号の代わりに、携帯電話番号や国民ID番号、法人番号、e-Wallet IDを銀行口座と紐付けて登録・利用できるため、複雑な口座番号を覚える必要がなく、利便性が高い。
送金や支払いのみであれば登録なしで利用可能だが、送金の受け取りには登録が必要であり、各銀行のモバイルバンキングやインターネットバンキング、ATM、支店窓口を通じて登録できる。手数料は非常に安価で、5,000バーツまでの送金は無料、5,000~30,000バーツは2バーツ、30,000~100,000バーツは5バーツ、100,000バーツ以上は10バーツとなっており、法人間送金の場合は最大15バーツの手数料が設定されている。
2024年時点で、PromptPayの年間取引件数は約243億件に達し、利用者は3,360万人を超えるなど、デジタル決済の普及が急速に進んでいる。また、タイのキャッシュレス決済比率は62.3%と高く、日本の32.5%と比べても大きく進んでいる。QRコード決済の利用率も高く、16歳以上のスマートフォンユーザーの61.5%が月に1回以上QRコードを利用しており、世界第3位の水準である。
さらに、PromptPayを利用したクロスボーダー決済も拡大しており、日本・カンボジア・ベトナム・インドネシア・シンガポール・マレーシアとの間でQRコード決済が可能となっている。特にシンガポールとは、携帯電話番号を用いた国際送金も実現している。このように、PromptPayはタイ国内のみならず、東南アジア地域におけるデジタル決済の基盤として大きな役割を担っている。
Rabbit LINE Pay
Rabbit LINE Payは、日本のLINE Pay社とタイの交通系ICカード「Rabbit Card」を提供するBSS Holdings社が共同出資し、2016年からサービスを開始したモバイル送金・決済サービスである。LINEユーザー向けに設計されており、オンラインとオフラインの両方で幅広いキャッシュレス決済が可能だ。
店舗での支払いはQRコードやバーコードの読み取りで行え、オンラインショッピングでの決済にも対応している。利用シーンは多岐にわたり、BTSスカイトレインの乗車券チャージやショッピングモール、コンビニ、飲食店、オンラインストアでの支払いが可能である。また、公共料金の支払いや携帯電話会社AIS・Dtac、高速道路自動料金システムEasy Passのトップアップ、Major Cineplex・SF Cinemaの映画館チケット購入などもできる。
Rabbit LINE PayはLINEアプリと連携しており、LINEポイントの還元や特典・割引・キャッシュバックなど、利用者にとってメリットが多い。登録にはタイの携帯電話番号や本人確認書類が必要であり、外国人でもパスポートでの登録が可能だ。
2025年現在、Rabbit LINE Payの利用者数は880万人以上、加盟店数は30万店に達している。LINE SHOPPINGでのRabbit LINE Payによる決済の場合、出店側の決済手数料は2.5%となっている。
TrueMoney Wallet
ueMoney Walletはタイ最大財閥「Charoen Pokphand Group(CPグループ)」傘下のAscend Money Groupが2013年に設立し、非銀行系としてはタイ最大級のモバイル決済・送金サービスを提供している。店舗での支払いはQRコードやバーコードの読み取りで行え、オンラインショッピングではバーチャルカード「WeCard」を利用できる。店舗でのQRコード決済では店側の手数料は発生しないのが特徴だ。
CPグループ傘下のコンビニ最大手「7-Eleven」全店や通信キャリアTrueの携帯電話・インターネット料金、その他多数のCPグループ系列店、国内主要店舗での支払い・チャージが可能であり、公共料金や地下鉄MRT乗車カードのトップアップも対応している。プロモーションやポイント還元も豊富で、日常的なキャッシュレス決済の利便性が高い。
2021年度末時点で利用者数は2,400万人を超え、現在ではアクティブユーザーが3,000万人規模に達しているとされる。オフライン決済対応店舗は700万ポイント以上、国内外のオンラインストア130万店以上で利用可能だ。タイ国内のみならず、東南アジア6カ国でもサービスが展開され、外国人もパスポートなどで登録できる。
タイのキャッシュレスの課題
犯罪への利用
タイの消費者がモバイル決済を利用する際の主な障壁として、「システムの効率性」と「セキュリティ」の2つの要因が挙げられている。消費者はシステムの安全性に不安を感じ、個人情報や金融データの保護に懸念を持っている。
オンライン取引が拡大する中で、様々な犯罪・詐欺も非常に増えているが、直近の知らない間に銀行口座から引き出しされるケースの要因について、タイ中央銀行とタイ銀行協会の調査の結果、不正引き出しアプリによるものではなく、海外で登録された商品の支払いやオンラインストアのサービスによる事が判明した。
不正に引き出しされる問題について、タイ中央銀行とタイ銀行協会は、共同で以下の問題の防止・解決策を打ち出した。
➀異常な取引が確認された場合、銀行は直ちにカードの使用を停止、あらゆる経路で顧客に通知すると共に特に外国からの取引に注意を払う
➁モバイルバンキング・E-mail・SMS等の様々な経路による、全取引における顧客への通知
➂不正な引出しに関して、デビットカードの場合は、5営業日以内に返金、クレジットカードの場合は、銀行は該当取引をキャンセルし、顧客の支払いは不要で利息の請求もされない
④カード使用時の追加認証の必要性などについて、タイ中央銀行とタイ銀行協会は、カード事業者と協議をする
また、タイ社会内でのデジタルデバイドも課題の一つだ。高齢者や低所得者層、地方在住者などがデジタル決済から取り残される可能性がある。特に、デジタルリテラシーの低さや、スマートフォンやインターネットへのアクセスが限られている層にとっては、キャッシュレス社会への移行は困難を伴う。
使いやすさの課題
スアンドゥシット大学の世論調査センター(Suan Dusit Poll)が行った、テーマが「タイ人のネット決済」のオンライン調査によると、ネット決済に関して、ユーザーの60.65%はセキュリティを非常に信頼しているとのこと。
ネット決済の際に発生する問題のTOP5は下記の通り。
➀システム不具合(64.28%)
➁銀行毎にシステムが異なり、使いにくく、多くのステップがある(47.98%)
➂立てた計画を超える金額の使用(43.82%)
④個人情報がハッキングされて無断使用された(27.40%)
➄間違った支払い・振り込み(22.43%)
また、不便であると感じること、使いこなせないとの理由で、 50歳以上のユーザーが最もネット決済を使用した事がないグループである事が分かった。タイ政府が推進するキャッシュレス社会・電子マネーの使用は、年齢の違いを考慮に入れ、国民全てのグループに対して促進すると共にシステムのセキュリティ面の信頼を高める必要がある。
タイのキャッシュレスの今後の展望
キャッシュレス社会への早期移行
Visaの調査によれば、タイは2028年までにキャッシュレス社会へ移行すると予測されており、これはASEAN地域の他国よりも早いペースだ。タイの消費者の22%が2026年から2028年の間にキャッシュレス社会が実現すると考えており、これはASEAN全体の16%を上回っている。
タイのモバイル決済市場は2025年から2030年にかけて年平均成長率(CAGR)14%で成長すると予測されている。この成長は、スマートフォン普及率の上昇、インターネット利用の増加、タイの消費者間でのキャッシュレス取引への嗜好の高まりによって牽引されている。
タイのクレジットカードとチャージカード決済市場は2025年に2.3兆バーツ(656億米ドル)に達すると予測されており、前年比7.1%の成長が見込まれている。さらに、2025年から2029年にかけて年平均成長率9.0%で成長し、2029年には3.3兆バーツ(926億米ドル)に達すると予測されている。
他国とのキャッシュレスサービスの連携
Visa Thailandは、タイの完全なキャッシュレス社会突入について、当初は2030年頃であることを予測した。しかし、コロナ禍の影響により2027年迄にキャッシュレス社会に突入すると予測している。
国内消費者の89%が、キャッシュレス決済システムの更なる利用を計画していると推測されており、誰もが電子取引、様々な形態の電子サービス、Eコマース、デジタルバンキングを利用出来るようにする必要がある。また、テクノロジー犯罪防止の奨励において、政府・タイ中央銀行・金融機関・民間部門が協力している。さらに、オンラインプラットフォーム経済の為の法律の起草も用意されている。
タイと日本・カンボジア・ベトナム・インドネシア・シンガポール・マレーシアとの間のQRコード決済は既に始まっているが、2022年内にタイと該当国間での多くの銀行のQRコード決済サービスが開始される予定となっている。
タイとシンガポール間では、アプリ経由の携帯電話番号使用による国際送金が可能になっているが、将来的には、他国間とのサービスも開始され、サービスプロバイダー数も増える予定である。

バンコク在住のタイ人。タイにおける日系企業向け翻訳・通訳を6年間以上行う。経済、ビジネス、IT分野に興味があり、マーケティングや流通を含めた企業調査や、企業調査といった情報収集が得意。

