中国の顔認証技術の精度は凄まじく、なんとマスク着用時でも95%の精度で1秒以内に人物を特定できます。また、中国警察は顔認証サングラスを活用して容疑者の特定を行っています。
今回は、世界的に見ても特異な進化を遂げる中国の顔認証技術について、詳しく解説します。
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中国の顔認証の現状
中国の顔認証の市場規模
世界における顔認証の市場規模は、12,670米ドルに達すると予測されている。2021年から2028年にかけて14.2%の成長率があるとされる。
現在の顔認証システムは、人工知能(AI)を含む複数の次世代テクノロジーの急速な進歩を特徴としている。新しく開発された顔認識システムは、高度なAI機能、IPカメラ、機械学習アルゴリズム、および認知技術を使用して、ビデオまたはデジタル画像から人物を検証する。従来の顔認識システムに比べ、高度なAIベースの顔認識システムははるかに優れた精度を保つ。
中国でも多くのAIスタートアップが政府からの援助を受けており、その多くが顔認証を取り扱っている。AIを活用した顔認識技術は、顔認識市場の成長を後押ししている。
例えば、中国のハンワンテクノロジー社は、コロナウイルスパンデミックの影響を受け、マスクを着用している人でも顔認識できる技術を開発した。温度センサーに接続すれば、人の名前を識別しながら体温を測定でき、38度を超える温度を検出した場合など、システムが結果を処理できる。最大30人の群衆の中の全員を「1秒以内に」識別できる。マスクを着用した場合の認識率は約95%で、マスクを着用していない場合は約99.5%であるという。
中国の顔認証の活用シーン
中国の顔認証の活用シーンとしては、駅、学校、ショッピングセンター、警察公安当局による使用などが挙げられる。
中国警察は、顔認識サングラス(GLXSS ME)を着用し、春節の帰省ラッシュの警備にあたった。これは、警察が混雑した場所でも容疑者を追跡できるAI技術である。ウォールストリートジャーナルに掲載されたレポートによると、この技術のテスト期間中に、中国の警察は7人の容疑者と、偽の身元で旅行していた26人を逮捕できた。
中国のテクノロジー企業は、顔認証を利用してウイグル人を検出、追跡、監視できるツールの特許を登録した。これらのテクノロジーにより、中国の警察はAIが非中国人またはウイグル人としてマークした顔にフラグをつけることができる。これは人権団体から民族迫害の助長につながるとして批判を受けている。
中国大手ハイテク企業Tencentは、ゲームの顔認識システムをリリースし、子供たちが規制時間外にビデオゲームをプレイできないようにした。「ミッドナイトパトロール」と呼ばれるこのシステムは、プレーヤーの顔をスキャンし、登録された名前と顔とを認識させる。未成年が割り当てられた時間を過ぎた場合、中国の規制にあわせてゲームができなくなる。
中国の顔認証に対する国民の意見~肯定的意見~
顔認証技術を利用した利便性の高いサービスに肯定的な意見が集まっている。例えば、中国ではキャッシュレス文化が一般的となっている。現在、顔認識支払い(FRP、文字脸支付)が注目を集めている。
FRPを使用するには、ユーザーはまず自分の顔を登録し、銀行カード情報をモバイルアプリにアップロードする必要がある。その後、店舗に配置されたカメラを見るだけで支払いができる。
FRPは人気のある支払い方法になり、主にコンビニエンスストア、自動販売機、スーパーマーケットで使用されている。iiMedia Researchの推定によると、2021年に4億9500万人以上の中国人が顔認識の支払いを使用した。これは、中国の人口の約3分の1にあたる。
2020年に発表された顔認証応用公衆調査研究報告によると、顔認証は利便性の観点から評価するポイントが高くなっている。
中国の顔認証に対する国民の意見~否定的意見~
2020年に発表された顔認証応用公衆調査研究報告によると、回答者の60%が顔認識技術が悪用される傾向があると考えており、回答者の30%が、顔情報の漏洩や悪用によりプライバシーや財産の損失を被ったと述べている。
報告書は、顔認識技術の適用に関する6種類のシナリオを要約し、回答者にそれを受け入れることができるかどうかを尋ねている。結果、回答者にとって最も受け入れられないシナリオは、「ショッピングモールが顔認識技術を使用して顧客の行動と購入方法を収集する」(42.68%)であった。
別の調査では、回答者の約74%が、自分の身元を確認するために、技術を介してパスコード、指紋認証など、顔認証以外の従来のID方式を使用できるオプションを望んでいると述べた。
中国の顔認証関連の規制
個人情報保護法
中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会が2021年8月、個人情報保護法を可決した。2021年11月1日に施行される。
ガイドラインによると、民間企業は、顔の情報を収集して処理する前に、顧客から同意を得る必要がある。また個人は、本人確認のための顔認識技術の使用を拒否する権利がある。そして建物やサービスへのアクセスするための合理的な代替形式を提供されなければならない。
公共の場所で顔認証システムを導入する際は、政府当局の規定を満たした上でシステムの存在をはっきりと示し、集めた個人情報は公共安全を維持する目的以外に使用してはならない(本人の同意が得られた場合は、この限りではない)。
この規制は、民間企業と中国政府が関与する民事紛争を対象としている。中国での最初の顔認識訴訟は、杭州サファリパークを訴えた法学教授によって、2019年に杭州の裁判所で提起された。教授は、杭州サファリパークが顔認識に従わなかった訪問者の入場を拒否し、訪問者の生体情報を保護するための適切な予防措置を講じていなかったと主張した。2021年の初め、杭州裁判所は教授を支持する判決を下した。ただし、その決定は、顔認識でのデータ使用の合法性ではなく、契約違反に基づいていた。
サイバーセキュリティ法
2017年に施行された「サイバーセキュリティ法」第41条は、ネットワーク運営者が個人情報を収集したり、使用するに際し「合法、正当、必要の原則」を遵守しなければならない。収集及び使用に関する規則を開示し、情報収集及び使用の目的、方法及び範囲を明示し、かつ、個人情報の提供者の同意を得なければならない、と規定されている。
第42条によると、収集された個人情報は、利用者の同意なしに、開示、破損、改ざん、または他者と共有してはならない。また、個人情報の安全を確保するためのセキュリティ対策を講じる必要がある。個人情報を紛失した場合は、緊急のセキュリティ対策を講じる。通知は、関係当局およびユーザーに送信されるものとする。
中国での顔認識は、サイバーセキュリティ法によって規制されている。法律は、生体認証データを含む個人情報(PII)の収集、使用、および保護の要件を規定することにより、ネットワーク事業者に法的義務を課している。ただし拘束力はなく、また生体認証データは法律の中心的な焦点ではなく、曖昧な解釈ができるようになっている。このため、中国の「個人情報セキュリティ仕様」の策定と新しいデータプライバシー法の開発への取り組みが期待されている。
中国の顔認証の主要メーカー
中国の顔認証の主要メーカー~Megvii~
Megviiは、画像認識と深層学習ソフトウェアを設計する中国のテクノロジー企業。北京を拠点とする同社は、企業および公共部門向けの人工知能技術を開発している。
Megviiは、自社の管理基準に基づいた「人工知能アプリケーションガイドライン」の全文を正式に公開した。「ガイドライン」は、人工知能の正確で秩序ある開発を、正当性、人間による監督、技術的な信頼性とセキュリティ、公平性と多様性、説明責任とタイムリーな修正、データのセキュリティとプライバシー保護の6つの側面から明確に規制している。
Megviiは、人工知能の商業化を探求した世界で最初のパイオニアの1つである。世界クラスのAIフロンティア企業として、AIアプリケーションの規制において主導的な役割を果たし、社会的責任を果たすことを望んでいる。
中国の顔認証の主要メーカー~Sensetime~
商湯科技開発有限公司(Sensetime)は、香港特別行政区、新界沙田区に本社を置く、ディープラーニング技術を応用した人工知能と顔認識技術の研究と開発を手がけている企業である。
中国は、顔認識技術の国家標準の作成を開始した。「これは、産業、地域、組織の規制を含むすべての分野での顔認識の基準になるでしょう」と、作成代表チームの主要メンバーであるSenseTime Groupの副社長は述べている。
チームは2019年、国家情報セキュリティ標準化技術委員会によって結成された。大手テクノロジー企業であるTencent、Ant Financial、Alibaba Groupの財務部門、Pingan Group、および人工知能の分野におけるその他の大手企業も関与している。
中国の顔認証の主要メーカー~Tencent~
Tencentは中国の深圳に本社を置く多国籍テクノロジー・コングロマリット。
Tencentの手掛ける顔認証システム Tencent Cloud Face Recognitionは、スマートリテール、スマートコミュニティ、オンラインエンターテインメント、スマートビルディング、オンラインID検証など、さまざまなケースで開発者や企業に高性能の顔認識サービスを提供し、複数の顔認識と顧客ID検証の多様なニーズに答えている。
顔認識は、Tencent製品の大規模なユーザーベースと複雑なユースケースによってテストされ、99.9%を超える正確率で信頼性が高いことが証明されている。
同社の開発するゲームにも、顔認証登録をした未成年ユーザーが、規制で決められている時間を超えた場合は、ゲームができないようにするなど顔認証技術が活用されている。
中国の顔認証の主要メーカー~CloudWalk Technology~
CloudWalk Technology Co. Ltd.は、顔認識ソフトウェアの中国の開発企業である。同社は、金融業界で最大のAIサプライヤーになり、市場シェアは82.8%に達した。
CloudWalkは、米国国立標準技術研究所の顔認識ベンダーテストコンペティションでトップの座を獲得した。
中国とジンバブエの技術提携にも関係している。ジンバブエ政府は、北京の7100万ドルの一帯一路投資の一環として、CloudWalk Technologyと提携して、新疆ウイグル自治区のウイグル人を監視するために配備されたものと同様の監視ネットワークを作成した。
この契約では、CloudWalkテクノロジーが主要な交通ハブを監視し、そのデータを使用して全国的な顔認識データベースを構築する。この契約により、中国企業はアフリカ人民の顔に関する豊富なデータにアクセスできるようになる。
中国の顔認証の主要メーカー~汉王科技股份有限公司~
汉王科技股份有限公司(ハンワンテクノロジー株式会社)は1998年に設立された、国内の人工知能産業のパイオニアである。手書き認識、光学式文字認識(OCR)、顔認識、手書き入力の分野で独立した知的財産権を持つコアテクノロジーを数多く備えている。
新型コロナウイルスパンデミックが急拡大した2020年初頭に、マスクを着用していても顔認証ができる技術の開発をいち早く行った。ショッピングセンターやオフィスの入り口などに設置された検温モニターを通し、人物と温度も感知し、高熱な人へアラームを発し、データにも登録される。
新型コロナウイルス流行の間、同社の顔認識製品を購入したすべての顧客に無料の技術アップグレードサービスを提供することを約束した。
中国の顔認証の今後の動向
人権侵害への脅威
中国の顔認識システムは、全国のほぼすべての市民を記録し、広大なカメラネットワークを備えている。2019年に起きたデータベースの漏洩により、中国の監視ツールがどれほど普及しているかが明らかになった。
ホテル、公園、観光スポット、モスクの周囲に配置されたカメラからは1日あたり680万件を超える記録があり、人々の詳細が記録されている。
中国政府は、顔認識を使用してウイグル人イスラム教徒に対して残虐行為を犯したとして非難されており「世界で最大の少数民族の大量投獄」を実行する技術に依存しているとされる。
「中国はウイグル人のプロフィールを作成し、民族性に基づいて分類し、追跡、虐待、拘留のためにそれらを選び出すために顔認識を使用している」と、アメリカ上院議員の超党派グループらは述べている。
今後も、中国による顔認証技術を使用した人権侵害は注視される傾向にある。
アフリカへの技術輸出
中国は、顔認証技術をアフリカにも輸出している。
2018年3月、ジンバブエ政府は、CloudWalk Technologyと戦略的パートナーシップを結び、全国で大規模な顔認識プログラムを開始した。中国政府の一帯一路計画に裏打ちされたこの合意は、主にセキュリティと法執行で使用される技術を見て、他の公的プログラムに拡大される可能性がある。
中国のAI技術者は、CloudWalkと共有する何百万ものジンバブエ人の顔のデータベースへのアクセスから利益を得る立場にある。
アジア人の顔に合わせた技術と黒人の顔に合わせた技術の違いは、色だけでなく、顔の骨や特徴の点でも比較的大きい。テクノロジーの機能を拡張するために必要な機械学習には、十分なデータが必要になるとCloudWalk CEOは説明した。
大多数の黒人人口にテクノロジーを展開することで、他の民族をより明確に識別し、中国企業が米国やヨーロッパの開発者に先んじることができるとされる。
上海在住で杭州出身の中国人。一橋大学の経済学修士課程修了。日本企業でマーケットインサイト部門で就労後、中国のIT会社でユーザー研究・マーケットリサーチに携わる。コンサル業界・証券業界の友人が多いため、リサーチ関連で助けとなっている。