タイ政府はThailand4.0政策に従って、スマートシティの開発を推進しています。現在、15都市がスマートシティとして認定されており、今後さらなる生活の質の向上が期待されています。
今回は実際のスマートシティ事例を中心に、タイのスマートシティの現状と今後の動向を解説します。
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タイのスマートシティの現状
スマートシティとは?
タイ・デジタル経済振興公社(DEPA)は、スマートシティについて、次のように定義している。
スマートシティとは、都市サービス・管理の効率化を図る為のスマートで最新のテクノロジー・イノベーションを活用する都市を意味する。良いデザインと都市開発における商業セクター・民衆の参与により、都市の経費・資源使用、目標母集団を削減し、開発、最新の都市、住みやすい都市というコンセプトの下で、都市の人々に質の高い生活、幸福、持続可能性を提供する。
タイのスマートシティの市場規模
スマートシティは、プーケット・チェンマイ・コーンケーン・バンコク等の大都市をテクノロジーハブにする事を含む、長期開発政策タイランド 4.0の率先事項の一部である。
タイ政府は、2017年に国家スマートシティ委員会を設立すると共に、20年以内に100のスマートシティを開発するという目標を設定した。スマートシティのロードマップより、 2016年にプーケットを国際的観光ハブとして開発するパイロットプロジェクトからフェーズ1が開始された。公共セクターは、デジタル経済構築を始めるにあたり、3億8,600万バーツを投じた。
続いて、スマート農業により焦点を当てた、初期予算が3,600万バーツのチェンマイ開発、2017年に1,500万バーツの初期予算を持ち、医療・輸送・MICEのハブになる事に重点を置いたコーンケーンのスマートシティ開発が始まった。以降、東部経済回廊(ECC)・バンコク等の他都市のスマートシティ化計画も開始された。
2021年には、15のスマートシティが認定され、400億バーツ以上の民間投資の機会を生みだし、1600万人以上のタイ人の生活の質を向上させると見込まれている。
タイのスマートシティの数
IMD(国際経営開発研究所)とシンガポール技術デザイン大学(SUTD)が共同で作成した、世界のスマートシティー・ランキング “IMD Smart City Index” によるとバンコクは、世界118都市の中で2020年は71位、2021年は76位であった。
2021年8月と12月に以下の合計15都市が、タイの最初のスマートシティとして認定されている。
➀コーンケーン スマートシティ
➁住みやすく、観光・投資に魅力的な都市チャチューンサオ
➂プーケット スマートシティ
④シー トラン シティ(トラン県)
➄パドゥンクルンカセーム運河周辺地域開発を支援するスマートシティ開発(バンコク)
⑥ラマIVエリア スマートシティ(バンコク)
⑦サムヤーン スマートシティ(バンコク)
⑧スマート旧市街開発 チェンマイ市
⑨コミュニティへの持続可能な卓越性の為のスマートシティ チェンマイ大学および周辺地域
⑩住みやすい都市メーモ ランパーン県
⑪市民参加の為のヤラー スマートシティ
⑫ナコンサワン スマートシティ
⑬セーンスック スマートシティ チョンブリー県
⑭ワンチャンバレー スマートシティ ラヨーン県
⑮ 3空港を結ぶ高速鉄道プロジェクトの列車サービスをサポートする為のマッカサン スマートシティ(バンコク)
2022年6月時点で、スマートシティ開発計画の申請を行った都市の合計数は60となっているが、国家スマートシティ委員会にスマートシティとして認定された都市は、上記15都市のみである。
タイ政府のスマートシティ政策
政府がスマートシティを推進する背景
タイは、国家経済社会開発計画とThailand 4.0の政策に従って、スマートシティの開発を推進している。
スマートシティの開発・推進の目的は、環境・文化・生活の質・経済・社会の質を考慮し、将来の都市を開発する事である。運用管理においてデジタル技術を活用することで、都市を効率的で生活に適したものにする。
また、より良い生活の質・安全を住人に与え、継続的な学習・発展が可能な社会にすると共に、国際的な商取引の中心都市・スマート農業モデル都市・国際レベルの医療保健サービスセンター等、開発都市の状況・可能性に応じたニーズを満たす。
スマートシティ開発・推進は、Thailand 4.0に向けたタイの開発計画と経済・社会の為のデジタル開発に沿った重要な要素と見なされている。
タイランド4.0におけるスマートシティ構想
Thailand 4.0の政策に沿った、スマートシティ開発の投資促進策は、以下3種類の事業に区分される。
1.スマートシティエリア開発事業
スマート環境システムの提供が必要であるとともに経済・モビリティ・エネルギー・ピープル・リビング・ガバナンスの6分類から、少なくとも1分類のスマートシステムサービス提供への投資、過半数を超すタイ人の株式保有が必要。サービス提供が、上記全7分類可能な場合、8年間法人所得税が免除され(免除額制限有)、全7分類を満たさない場合は、5年間法人所得税が免除される。また、プロジェクトをEECで行う場合、法人所得税免除期間が終了してから5年間、法人所得税が50%減税される。
2.スマートシティシステム開発事業
承認されたスマートシティ開発計画の一部である事が必要で、5年間法人所得税が免除される(免除額制限有)。8年間法人所得税が免除されるスマートシティ、工業ゾーン・団地のシステム開発の場合、開発者も法人所得税が8年間免除される。また、プロジェクトをEECで行う場合、法人所得税免除期間が終了してから5年間、法人所得税が50%減税される。
3.スマート工業ゾーン・団地開発事業
環境・経済・モビリティ・エネルギー・ピープル・リビング・ガバナンスの全7分類のスマートシステムサービス提供、過半数を超すタイ人の株式保有が必要。また、8年間法人所得税が免除される(免除額制限有)。
タイのスマートシティの事例
タイのスマートシティ~プーケット~
2015年にプーケットは、スマートシティ開発プロジェクトの最初の都市として選ばれ、スマートシティ認定基準である環境・経済・モビリティ・エネルギー・ピープル・リビング・ガバナンスの全7分類を満たすスマートシティとして、2021年に認定された。
合計42の開発プロジェクトがあるが、主力プロジェクトの一つとして、人工知能を利用した包括的なCCTVシステム管理プロジェクトがある。これはリビングに分類されるプロジェクトで、犯罪・予防可能な事故を減らす為のセキュリティ監視システムのサービスを提供する。
また、IoT環境センサーを利用した環境品質監視システム設置プロジェクトや、1,000以上のサービスポイントを設ける無料公共⾼速Wi-Fiプロジェクトも存在する。
モビリティ分野のプロジェクトでは、観光客・地元住民あわせて年間35万人が利用する有名なサービス” Phuket Smart BUS “、エネルギー分野では、EV観光船プロジェクト、ピープル分野では、⾼齢者の為の学校設立プロジェクト、ガバナンス分野では、地域全体の持続可能な観光経済の成長の分配に役立つ、アンダマン海岸観光の為のデジタルプロジェクト” Andaman Tourism Digital Twin ”などが挙げられる。
タイのスマートシティ~チェンマイ~
チェンマイは、スマートシティ認定基準の内、環境・経済・モビリティ・エネルギー・ピープル・リビングの6分類を満たす「スマート旧市街開発 チェンマイ市」、全7分類を満たす「コミュニティへの持続可能な卓越性の為のスマートシティ チェンマイ大学および周辺地域」の2種類の開発プロジェクトが、2021年にスマートシティとして認定された。「スマート旧市街開発 チェンマイ市」の各分類のプロジェクト数・重点を置いてる点については下記の通り。
環境:1プロジェクト・地域環境問題を管理する為のテクノロジーの使用
モビリティ:4プロジェクト・公共交通機関システムの管理
エネルギー:2プロジェクト・効率的なエネルギー管理
経済:3プロジェクト・経済に付加価値を生み出すデジタルテクノロジーの使用
ピープル:1プロジェクト・地域住民のテクノロジー・イノベーション面のスキル・知識の開発と向上
リビング:5プロジェクト・地域住民の安全・財産・公衆衛生面における生活の質の向上
スマートシティ認定基準の全7分類をカバーする『コミュニティへの持続可能な卓越性の為のスマートシティ チェンマイ大学および周辺地域』は、環境分類のスマート廃棄物検出・追跡システム、リビング分類のスマートクリニックネットワークなど、28プロジェクトが設けられている。
タイのスマートシティ~コーンケン~
コーンケーンは、スマートシティ認定基準である全7分類を満たすスマートシティとして、2021年に認定された。プロジェクト総数は28で、各分類の内訳は、環境4・モビリティ6・エネルギー4・経済2・ピープル3・リビング6・ガバナンス3となっている。
特に『Medical & Healthcare(リビング) :メコン川地域の医療・保健サービスの中心都市』・『 Mice(経済):東北部の集会都市・メコン川地域への玄関口』・『 Mobility(モビリティ) :メコン川地域の交通の中心となる都市』・Environment(環境)の3M・1Eの推進に重点を置いている。
最優先事項はモビリティ開発であり、LRT(ライトレールトランジット)の開発が進められている。投資額は220億バーツに及び、20駅・26kmの開発が予定されている。資金調達については中国と協定も結んでいる。また、駅周辺の商業地域の開発(TOD)も並行して進められる予定。さらに、LRTプロジェクトへの投資は、新規雇用を約17%増加させると見込まれている。
タイのスマートシティ~EEC地域(チョンブリ、ラヨーン、チャチュンサオ)~
EECにおける、スマートシティ認定については、スマートシティ認定基準の内、環境・ガバナンス・リビングの3分類を満たすチョンブリー県の「セーンスック スマートシティ」、全7分類を満たすラヨーン県の「ワンチャンバレー スマートシティ」とチャチューンサオ県の「住みやすく、観光・投資に魅力的な都市チャチューンサオ」の各プロジェクトが2021年に認定された。
「セーンスック スマートシティ」は、合計8のプロジェクトで構成されており、各分類の内訳は、環境:南北セーンスック水質改善プラント向上プロジェクト・スマートゴミ箱の設計開発・ビッグデータ構築・ホルマリンフリーシーフード検査データ表示システム・水質検査・分析ネットワークシステムの5プロジェクト、ガバナンス:公共サービスの為の情報システムの1プロジェクト、リビング:高齢者のケアと監視の革新的サービス用プラットフォーム・バンセンビーチエリアのSmart Poleの2プロジェクトとなっている。
ラヨーン県ワンチャン地区で進められている「ワンチャンバレー スマートシティ」プロジェクトは、タイ石油公社 (PTT)とタイ国立科学技術開発庁(NSTDA)により組織され、イノベーションエコシステムを提供するスマートシティ開発を行っており、プロジェクト総数は55にのぼる。また、投資に対する恩典として、最大13年間の法人所得税免除・個人所得税率17%の適用・機械・原材料の輸入税の免税・専門家と家族の為のスマートビザ等がある。
「住みやすく、観光・投資に魅力的な都市チャチューンサオ」のプロジェクトでは、環境分類の⽔質ビッグデータ管理、エネルギー分類の公共EVバス、経済分類のインテリジェントファーム管理、ガバナンス分類のシチズンズアカデミー、モビリティ分類のスマートバス停、ピープル分類のスマート教育機関、リビング分類のスマートデジタルヘルスケアなど、32プロジェクトで構成されている。
タイのスマートシティ~バンコク~
バンコクは、スマートシティプロジェクトを実施する為の枠組みを満たす、複数の開発プロジェクトが様々な地区が存在する。
バンコクにおいては、スマートシティ認定基準の内、全7分類を満たす次の2つのプロジェクトが2021年にスマートシティとして認定された。
①ラマIVエリア スマートシティ(プロジェクト総数67)
各分類内訳:環境12・モビリティ16・エネルギー12・経済6・ピープル4・リビング9・ガバナンス8
②サムヤーン スマートシティ(プロジェクト総数42)
各分類内訳:環境5・モビリティ9・エネルギー8・経済3・ピープル6・リビング3・ガバナンス8
また、2021年には下記のプロジェクトもスマートシティとして認定されている。
③パドゥンクルンカセーム運河周辺地域開発を支援するスマートシティ開発(プロジェクト総数11)
各分類内訳:環境4・エネルギー1・モビリティ4・リビング2』
④空港を結ぶ高速鉄道プロジェクトの列車サービスをサポートする為のマッカサン スマートシティ(プロジェクト総数7)
環境2・ピープル3・リビング2』の4つのプロジェクトが、2021年にスマートシティとして認定された。
さらに「ラタナコーシン地域の原型スマートシティ」「ディンデーンコミュニティ住宅スマートシティ」の2つのプロジェクトが、スマートシティ認定の申請済みである。
タイのスマートシティ~バンスー~
バンコク中央駅として長年利用されてきたフアランポーン駅の老朽化に伴い、新しい交通ハブとなるべく、バンコクのバンスー地区に建設されたバンスー中央駅の周辺をスマートシティとして開発する事が決定され、計画が進んでいる。
2020年にタイ運輸省・タイ国有鉄道は、国際協力機構(JICA)を通じて日本政府と協力し、バンスーエリアのスマートシティ開発計画を策定、日本の国土交通省・UR都市機構は、タイ運輸省・タイ国有鉄道とのバンスーエリアのスマートシティ開発推進に関する協力覚書に署名した。
開発計画は、次の3モデルを提示している。
➀スマート通行:快適・安全にエリア内を歩ける都市モデル。バンスー中央駅と各ゾーンを結ぶスカイウォークネットワークにより、様々なポイントに簡単に移動が可能。
➁スマートエネルギー管理:冷却源が高効率の局所冷却ネットワークシステムと太陽エネルギーを使用し、エネルギー管理において情報通信システム・AI技術を用いる。
➂スマート環境管理:チャトゥチャック公園周辺の緑地開発、廃水管理、リサイクルと固形廃棄物の削減に重点を置いた廃棄物管理、 EV車による輸送サービスの提供、自転車シェアリングの奨励、歩行者を最優先としたゾーニング。
タイのスマートシティの今後の展望
環境に優しい経済への転換
タイ政府は、既存都市ならびに新規開発都市のスマートシティの開発を非常に重要視している。このことからも、スマートシティ開発は政府が緊急に対応している議題であることがわかる。
また、タイ政府は、天然資源を利用する産業から、知識経済・高付加価値で環境に優しい経済への変換を目標に掲げており、スマートシティの概念は、2023年から実施される第13次国家経済社会開発計画の一環としても策定されている。
タイ政府は、チョンブリー県バーンラムン群フアイヤイ地区における新規スマートシティー開発事業を承認した。同開発事業は、開発期間10年・投資額約1兆3400億バーツ・プロジェクトエリア面積約14,619ライで、約150〜300のスタートアップ企業があり、2032年までに35万の住人受け入れ・20万人の雇用創出が見込まれている。
スタートアップ企業の台頭
世界の多くのスマートシティは、民間セクターの技術で開発されており、駐車場検索アプリや、渋滞問題を解決するスマート分析システム等の幅広く使用されている技術により、多数のテック系スタートアップが該当分野での役割を果たしている。
タイ政府は、将来の経済の基礎となると確信しているスタートアップを奨励しており、デジタル事業を行うスタートアップ起業家の奨励を加速する方針を持っている。また、デジタル経済社会省(MDES)は、今後5年以内に、デジタルによって推進される事業が、GDPの少なくとも30%を占める事を目標としている。
例えば、タイのスタートアップ「Liluna」はライドシェアリングシステムのサービスを提供している。これは、渋滞問題解消・エネルギー節約・車が引き起こす汚染の削減に役立つ。また、スマートシティ化の観点では、より便利な交通システムへのアクセス・住民の支出負担軽減・環境に優しいという面で活躍する。
同サービスは、デジタル経済振興公社(DEPA)とのスマートシティプロジェクトに参加すると共に、コーンケーンのスマートシティ開発プロジェクトにおいて、Kan Koon社と覚書を締結した。これらのプロジェクト参加は、将来的に「Liluna」が、スマートシティ開発の主力になる事を明確に表している。
バンコク在住のタイ人。タイにおける日系企業向け翻訳・通訳を6年間以上行う。経済、ビジネス、IT分野に興味があり、マーケティングや流通を含めた企業調査や、企業調査といった情報収集が得意。