歴史をさかのぼると、中国では秦王朝の時代から実力主義の評価と昇進システムが存在しています。今では信用スコアの高い市民がビザ申請や融資の優遇を受ける一方で、スコアの低い市民は公共交通機関の利用制限を受けたりしています。
今回はそんな中国の信用スコアの実態について、詳しく解説します。
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中国の信用スコアの実態
信用スコアとは?
中国の国家政策の1つとして、「社会信用システム」の構築があげられている。これは、中国全土の個人、企業、政府機関の「信頼性」について報告することを目的とした幅広い規制の枠組みである。その社会的信頼性を示す指標として「信用スコア」がある。
信用スコアには、経済的、法的、商業的、道徳的な信頼、政治へに対する誠実さなどが指針となっている。
社会信用システムの目標は、人々や企業が十分な情報に基づいたビジネス上の意思決定を容易に行えるようにすることである。高い信用スコアは、当事者がビジネスの文脈で信頼できることを意味している。
中国で信用スコアが導入された理由
中国では、2014年に「社会信用システムの構築のための計画概要(2014-2020)」が発表された。
同文書に記載されている制度の5つの目的は、①社会的信用に必要な法規制の確立、②中国全土の信用調査および共有制度の完成、③信用監督制度、④信用サービスの市場の開発、および⑤信頼を維持するためのメカニズムの確立である。それに値しなかった人や企業への罰則も存在する。
歴史をさかのぼると、秦王朝の時代から、実力主義の評価と昇進システムが存在している。20世紀には、一般の人々の行動を記録するための公共記録システムが開発された。この記録には、身体的特徴、写真、雇用記録、学業記録、職場の評価、有罪判決、行政処分などのさまざまな情報が含まれており、昇進やパスポートへのアクセスなど、個人に影響を与えるさまざまな決定に、現在も使用されている。
新たな社会信用システムの利点は、これまで紙の記録であったものを電子化することで、分析プロセスを促進し、監視を容易にすることである。
開発初期は、主にブラックリスト(信用性が低く罰則がある)とレッドリスト(信用性が高く、特定の利益が得られる)の開発がすすめられた。
これらは、中国の統治者が国民の生活のほぼすべての側面を制御することを意味しており、共産党政権を維持しながら社会秩序を管理する目的がある。
中国での信用スコアの活用状況
信用スコアは、個人の社会行動によって上下する。違反の例としては、危険運転、禁煙ゾーンでの喫煙、ビデオゲームの買いすぎ、テロ攻撃や空港のセキュリティに関するフェイク ニュースのオンライン投稿などがある。その他罰せられる可能性のある行動には、ビデオゲームを長時間プレイする、無駄な買い物をして浪費する、ソーシャルメディアに有害な投稿をするなどがある。また、切符なしで乗車しようとする、禁煙エリアで喫煙する、ローンの返済が遅れるなども信用スコア低下につながる。
信用スコアが低い場合には、さまざまな制限がかかる。航空券の購入や、ビジネスクラスの列車のチケット購入が禁止される、インターネットの使用制限がかかるなどがある。2017年に兵役を拒否した17人が、高等教育への入学、高校への出願、勉強の継続を禁じられた。2018年には、中国の大学が、学生の父親がローンを返済できず社会的信用スコアが低かったため、その学生の入学を拒否することがあった。
中国東部の済南市は、2017年犬の飼い主に社会信用制度を施行開始した。犬がリードなしで散歩されたり、公共の混乱を引き起こしたりすると、飼い主はポイントが差し引かれる。ポイントをすべて失った人は、犬を没収され、ペットの所有に必要な規制に関するテストを受けなければならない。
一方で、良いスコアを持つ人にはメリットもある。エネルギー料金の割引を受けたり、敷金なしで建物を借りたり、銀行でより良い金利を得たりできる。また優良スコアの登録者を支援するマッチングアプリもある。
中国の信用スコアの代表例!芝麻信用を解説
芝麻信用とは?
芝麻信用(Sesame Credit, Zhima Credit)は、Alibabaグループの関連企業であるAnt Financialによって開発された、中国のソーシャルクレジットスコアリングサービスである。
3億5000万人のユーザーを抱える決済サービスであるAlipayも含まれており、購買情報や支払い情報、またユーザーの好みや対人関係など幅広い観点からスコアリングされる。スコアが高いユーザーは、ホテルやレンタカー会社でのVIP予約など、さまざまな特典を利用できる。
芝麻信用の評価が高いとどうなる?
芝麻信用(Sesame Credit, Zhima Credit)には、5段階のスコア区分が存在する。
①やや劣る:350~549ポイント
②まずまず:550〜599ポイント
③好ましい:600~649ポイント
④優れる:650~699ポイント
⑤極めて良い:700~950ポイント
350〜550ポイントのユーザーは、一般的に、新規ユーザーまたはAlipayを使用してルールに違反し、ポイントが差し引かれた人である。基本的に、高速支払い、クレジットカード返済、公共料金支払いなど、Alipayのいくつかの基本機能のみを使用できる。
スコアが中程度の550〜600ポイントのユーザーが平均的である。日常的にAlipayを使用しているユーザーで、デポジットなしでホテルに滞在できるなど、いくつかのメリットも享受できる。
スコア600〜650のユーザーは、公共交通機関を使用すると、無料のシェア自転車やデポジットなしのサービスを利用できる。
650-700のスコアは優秀クレジットと呼ばれ、高額治療の分割払いができたり、ローンの優遇が可能になるなど特典がある。
700-950のスコアは最高レベルであり、一部の国からのビザを申請するのに便利である。スコアが700を超える場合は、資産証明書や雇用を提出せずにシンガポールビザを直接申請できる。
芝麻信用の評価の上げ方
芝麻信用における評価軸は、以下5点である。
①信用履歴:過去の個人口座記録の履歴
②行動の好み:買い物、請求書の支払いなどの活動における嗜好と安定性
③支払い能力:安定した財源と個人の資産
④アイデンティティ特性:個人の教育や職業などの情報
⑤個人的なつながり:友人などの情報の信頼性
有名大学を卒業したり、上場企業で働いたり、合意に基づいてレンタカーを返却したり、高級レストランで夕食をとったり、裕福な友人がたくさんいれば、すべてスコアを上げることができる。
条件が不十分な場合、または社会規範に違反する行動が行われた場合、スコアは低下する。
これまでの支払い履歴だけでなく、現在の資産や個人の学歴、仕事、知人友人などの交友関係がスコアに反映されるところが特徴的である。
中国の信用スコアの活用事例
行政による信用スコアの活用
中国の栄成市では、独自の社会信用システムを運営している。居住者は最大1,000点から始め、さまざまな行動を通じてスコアが変わる。例えば交通違反をする、オンラインで噂を広める、献血をするなど。
スコアが高ければ、栄成市の住民は地元企業で割引を受けたり、暖房費を安くしたり、無料のケーブルチャンネルを利用したりできる。また、高得点の市民のためのイベントへ特別招待されたり、名前が市役所の外に表示されたりする。
ただし、スコアが低い場合は、昇進の資格がないなどの可能性がある。
同市での社会信用システムは「善い行いをすれば報われる」「悪い行動をすれば罰せられる」と地元住民に受け入れられている。また、個人だけでなく企業にも信用スコアが適応されることから、さまざまな企業の社会信用評価が購入決定に影響を与えている。
ビザ申請の簡素化
芝麻信用(Sesame Credit, Zhima Credit)のクレジット スコアリング メカニズムにより、中国人旅行者は、カナダのビジタービザを申請する際に銀行取引明細書を提出する必要がなくなった。
スコアが 750 以上のZhima Creditユーザーは、Alipay モバイルウォレットを介して、身元と財務状況を含む無料のレポートを生成できる。ビザ申請時に財務状況を示すため、銀行取引明細書の代わりに英語のレポートを提出することができる。
カナダ移民・難民・市民権局は、Zhima Credit 報告書を「従来の銀行取引明細書や、観光ビザ申請の際に通常受け取る預金証明書よりも包括的なもの」と見なしているという。ビザを申請しやすくなることで、中国人観光客を増やしたい思いがある。
融資時の優遇
Alibabaグループの1社であるAnt Financialによって、2015 年に設立されたデジタル銀行である MYBank は、テクノロジー活用を通して、農村の中小企業が資金提供を受ける敷居を低くした。
MYBankは芝麻信用(Zhima Credit)を取り入れている。MYBank のクライアントである中小企業の経営者は、日々の活動の一環としてAlipayを使用して資金送金をしたり、オンライン市場プラットフォームの淘宝網を使用して商品を販売する。(どちらもAlibabaグループ)これらがデータとして蓄積される。
資金提供可能か判断する際、すべてのローン申請者に関するビッグ データを分析することで、信用力のあるクライアントを選別できる。この非常に正確な顧客評価プロセスにより、MYBank は顧客に従来の担保を要求する必要がなくなり、その結果、融資実行の敷居が低くなった。
鉄道や飛行機の利用制限
中国当局は、「社会信用システム」のスコアが低い人々の旅行特権の取り消しを開始している。このシステムに違反した人は、最長で 1 年間、鉄道や飛行機での移動を禁止される可能性がある。
移動制限される違反の例は、SNSなどでテロに関する虚偽の情報を広めること、期限切れの切符を使用したり、電車で喫煙したりする行為などがある。
また芝麻信用(Zhima Credit) のスコアが低いユーザーは、自転車、ホテルの部屋、さらには傘を借りるためにより多くの料金を支払わなければならない。
Zhima Credit の CEO は、このシステムは「悪しき市民には行き場をなくし、善良な市民は障害なく自由に移動できるようにする」と述べている。
信用スコアのメリット
信用スコアの評価による優遇
中国では、現金よりAlipayなどの電子マネーを日常的に使用する頻度が高い。とある女性は、交通費から夕食まで、月に少なくとも 2,500元をAlipayで支払っている。
Alipayの使用頻度の高さは、芝麻信用(Zhima Credit)の信用スコアの高さにつながる。信用スコアが高いと、レンタカーのデポジットの免除を受けられたり、空港でのセキュリティチェックが早く済んだりなど、さまざまな特典にアクセスできる。
公共の社会的信用システムは、スコアの高い人に対して、図書館での貸出特典の強化や、傘の無料貸し出しなどの利便性を高めている。またローン申請の承認を早めるなど、より大きな経済的意義を持つこともある。
金融システムの信頼性の強化
社会信用システムは、中国の金融システムに利益をもたらす可能性がある。
中国人口の多くの部分が銀行口座を持たないままであり、経済の一部は現金ベースである。世界銀行によると、2014 年には中国人口の約 21% が金融機関に口座を持っていなかった。社会信用システムは、法令順守を強化し、最終的に市場での信頼を構築することにより、中国の金融システムの信頼性を強化する可能性がある。
重要なことは、このシステムは個人が規則に従うことを保証するだけでなく、政府の役人や機関が法律に対して責任を負うことを保証することでもある。
また企業に対しても、社会的責任を果たしているかの指標になる。詐欺、偽造、知的財産の窃盗などがなく、法令順守しているかどうかの指針として、社会信用システムが開発、活用されている。
信用スコアのデメリット
信用スコアの乱立による情報共有の複雑化
中国の社会信用システムは、個人だけでなく、企業や政府機関の信頼性を制御することになっている。しかし、実際には、より企業や個人に焦点があたっている。
現在の社会信用システムは非常に混沌としており、あまりにも多くの関係者が関与している。中心的な調整の欠如と根底にある法的枠組みの欠如が、混沌とした状況の根本的な理由である。
中国は、統一された信用情報の収集および分類管理基準を開発していない。代わりに、各地域と各政府部門が独自の信用プラットフォームを構築した。そのため、情報共有は非常に困難である。さまざまな省庁や地方自治体が、それぞれの利益に基づいて信用システムの構築における優位性をめぐって競い合うことがあり、これがさらに矛盾を引き起こしている。
プライバシーの侵害
中国の社会信用システムは、プログラムに道徳的な優位性を組み込んでいる。そのため、国家が市民の生活のあらゆる側面を厳しく管理する「ディストピア ガバナンス」「身も凍るようなシステム」だとと多くの人が指摘している。
ある男性は、「横断歩道の手前で止まる。止まらないと減点になる。最初は減点が心配だったけど、もう慣れた」と言っている。
安徽省蘇州市の政府当局者は、監視カメラで公共の場でパジャマを着た住民の写真を公開した。蘇州市では、公共の場でパジャマを着るのが禁止されている。禁止行為は信用スコアの低下につながるが、パジャマは容認できるのではないか、政府がプライバシーを侵害するのは遺憾だという批判が殺到し、当局は謝罪している。
上海在住で杭州出身の中国人。一橋大学の経済学修士課程修了。日本企業でマーケットインサイト部門で就労後、中国のIT会社でユーザー研究・マーケットリサーチに携わる。コンサル業界・証券業界の友人が多いため、リサーチ関連で助けとなっている。