タイは「日本車の牙城」と言われるように、新車販売台数は日本車のシェアが圧倒的です。しかし近年、タイ政府が推進するEV政策の影響もあり、徐々に中国メーカーの存在感が増してきており、特にEV市場では中国メーカーの勢いが強くなっています。
今回は、そんなタイのEV(電気自動車)市場に関して、主要メーカーの動向を中心に解説してきいます。
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タイの電気自動車市場
タイのEV(電気自動車)の現状
2022年6月30日時点のタイのEV登録台数は、バッテリー式電気自動車【BEV】18,644台(四輪7,173台・二輪10,791台・トゥクトゥク378台・バス285台・トラック17台)、プラグインハイブリッド車【 PHEV 】37,075台 (四輪37,075台) 、ハイブリッド車【HEV】228,894台 (四輪220,113台・二輪8,779台・バス1台・トラック1台)で、充電ステーション数は約855ヶ所となっている。
また、2021年度のEV新規登録台数は、【BEV】5,781台、【PHEV】7,060台、【HEV】35,740台、 2022年1月~4月のEV登録数累計は15,474台で、前年同期比113%増加となった。
乗員7人以下の四輪カテゴリーの2021年におけるEV新車登録台数は1,935台だった。ブランド別順位のTOP10と登録台数は、➀MG 1,066➁TESLA 222➂PORSCHE 194④FOMM 109➄MINI 83⑥NISSAN 61⑦AUDI 48⑧HYUNDAI 27⑨BYD 17⑩WULING 16であった。
また、2022年1月~5月のバッテリー式電気自動車【BEV】の新規登録台数は、2,200台で、長城汽車が生産する「ORA GOOD CAT」が902台を占め、シェアトップであった。上海汽車集団が生産するMGブランドを筆頭に、タイのEV市場は、中国企業の勢いが強い。
タイ政府がEV(電気自動車)政策を進める背景
現在、タイはBCG(Bio-Circular-Green)経済モデルを国家戦略としており、EVの利用は、クリーンエネルギーを使用し、世界的な気候変動に対処する為の対策の一つとなっている。
国家電気自動車政策委員会は、2030年迄に国内の自動車総生産台数に占めるZEV(ゼロエミッション・ビークル)の割合を少なくとも30%にするという目標を掲げている。この中に、タイをEVの世界的な生産拠点にし、低炭素社会化を促す為の政策“ 30@30 ”が含まれる。
同政策では2030年において、EV年間生産量の目標を乗用車・ピックアップトラック 725,000台、オートバイ 675,000台、バス・トラック 34,000台、 EV利用促進の目標を乗用車・ピックアップトラック 440,000台、オートバイ 650,000台、バス・トラック 33,000台としている。
2023年~2027年に実施される第13次国家経済社会開発計画の草案では、タイが、EVの世界の主要な生産拠点となる為のガイドラインが、次の3つの指標により規定されている。
➀EV需要の創出(2027年迄にEVの使用割合を26%にする)➁タイをASEANで1番の生産拠点にする為の投資と既存自動車事業者の適応の支援➂5,000以上の充電ステーションの追加開発、EV産業における労働人員を少なくとも30,000人を育成する事によるEV産業のサポート要素の確立。
タイの主要EV(電気自動車)メーカー
FOMM
FOMMは、2013年に設立された川崎市に本社を置く、小型EVの開発・販売を行っている日本のスタートアップ。2016年にタイに現地法人FOMM(Asia)Co., Ltd.を設立、2018年にはバンコク国際モーターショーにて、初モデルのFOMM『ONE』を発表し、66万4000バーツの価格で販売予約受付を開始した。チョンブリー県のアマタシティ工業団地にある生産工場は、年間約10,000台の生産能力があり、2019年から生産・販売を行っている。
同社はタイ市場に焦点を当てており、年間10,000台の販売を目標としている。将来的には、中国・日本などの他国でも販売するとしているが、2021年5月に日本でもタイで生産されたFOMM『ONE』の販売を開始している。
FOMM『ONE』は、日本のエンジニアチームにより設計された。従来の内燃機関車は約3,000点の組立部品を必要とするが、FOMM『ONE』は1,600点しか必要としないため、生産ライン規模の縮小・1台あたりの生産時間の短縮が可能となっている。
車両サイズは、欧州の小型車両規格「L7e」クラス、3ドア4シーター、全長2,585mm×全幅1,295mm×全高1,560mm、バッテリーを含まない重量445kg(総重量975kg)で、充電時間約6時間、1回の充電で約160km走行可能、最高速度約80km/hとなっている。また、水陸両用車ではないが、予測不可な自然災害への対処機能として、防水システムを設置しており、水に浮くように設計されている。
TAKANO AUTO
TAKANO AUTOは、ピックアップトラックと大型トラックの設計・デザインの実績、有名トラックメーカーとの業務経験があり、カーアクセサリーの製造・販売を手掛ける高野自動車用品製作所のタイ法人である。2018年11月16日にタイ証券取引所に上場し、EVの組み立て・販売事業を行っている。
小型ピックアップトラック生産に焦点を当てている。当初の計画としては、年間700~800台生産する見込みで、チョンブリー県のアマタシティ工業団地に生産工場を設立した。2020年のバンコク国際モーターショーにて、小型ピックアップトラックの量産モデル『TTE 500』を発表し、正式に販売を開始した。現在、自動車保険付きで 499,000バーツ~の価格帯となっている。
『TTE 500』の車両サイズは、全長3,250mm×全幅1,480mm×全高1,490mm、バッテリーを含まない重量は589kgで、最大積載量300kgとなっている。充電については、家庭用電源で充電可能で、充電時間約6〜7時間、1回の充電で約100〜120km走行可能、最高速度60km/hとなっている。
また、同社はASEAN諸国への輸出やフードトラックに改造したり、他の商業目的で使用できるように、積載量をアップした6輪の小型ピックアップトラックの開発も計画している。
メルセデス・ベンツ
メルセデス・ベンツは、2022年~2030年にかけて、EVのみの開発の為に400億ユーロ以上の投資を行い、パートナーと協力して、生産強化の為に更に8ヶ所のバッテリー工場を建設するとしている。
また、2025年以降は、内燃機関車に対する投資は実質的に無くなり、EVによる売上高を50%とする目標について、以前に設定していた2030年から2025年に変更した。2030年迄には、EVの生産・販売を100%にする計画を立てている。
メルセデス・ベンツは、 2019年からバッテリー工場の開設を行い、タイでのEV生産準備を進めていた。タイ・モーターエキスポ2021において、同社のEVフラッグシップモデルで、1回の充電で700km以上走行可能な「EQS」のタイでの生産・販売が発表され、2022年から正式に生産・販売される事となった。
サムットプラーカーン県にあるThonburi Automotive Assembly Plant社の工場で生産された。当初の段階では、EVは主に富裕層の間で人気がある為、生産量は少ないと見込まれている。また、バッテリー生産は、メルセデス・ベンツが認可した唯一のメーカーであるThonburi Energy Storage Manufacturing社の工場で行われるが、同工場は、メルセデス・ベンツの世界に7拠点ある内の6番目のバッテリー工場で、国内需要と輸出向けに生産を行っている。
上海汽車集団
中国自動車メーカー最大手上海汽車集団(SAIC)は、タイ最大の財閥CPグループと提携し、合弁会社SAIC MOTOR-CPを2013年に設立後、傘下に治めた英国発祥のMGブランド車の生産・販売をタイで行っている。
同社は順調に売り上げを伸ばしている。2021年の自動車販売台数は、市場全体は前年比4.2%減であったものの、前年比9.5%増の31,005台であった。EVについては、中国生産のMG ZS EVとMG EPの2モデルを輸入・販売しており、過去2年間のEV部門において、市場シェアNo.1となっている。
また、2023年には、タイ国内でEV生産を開始する計画を立てており、EV生産開始に合わせて、追加で25億バーツを投資し、バッテリー工場も拡大する予定となっている。なお、上海汽車集団(SAIC)は、タイに最も投資している中国企業でもある。
EVの生産・販売だけでなく、EVエコシステムの構築に注力しており、石油会社Bangchakと提携して、タイ国内に充電ステーション“MG Super Charge”を展開している。EV使用をサポートする為に充電ステーションの設置拡大を加速しており、2022年内に500ヶ所の設置を目標としている。また、EVによる移動が制限されないようにするために、継続的に設置を拡大し、150km毎に“MG Super Charge”を設置するとしている。さらに、EVエコシステムの重要な側面の一つである、バッテリーリサイクル工場設立の準備もしている。
エナジー・アブソルート
クリーンエネルギーと環境技術分野の新興企業であるエナジー・アブソルートは、コアビジネスのバイオディーゼル事業・再生可能エネルギー事業と合わせて、エネルギー貯蔵事業(バッテリー)・EVおよびEV用充電ステーション事業も手掛けている。
EV開発は、同社傘下のMINE Mobility Corporation社が行っており、2019年のバンコク国際モーターショーにて、バッテリー式電気自動車の“ Mine SPA1 ”を発表し、 4,558台の予約販売があった。
該当予約販売数に含まれる、タクシー運行共同組合Suvarnabhumi Pattana Credit Unionとの購入権利に関する協力覚書締結分の3,500台については、 2020年初頭に納入を開始する計画であったが、コロナ禍の影響によりキャンセルとなり、コロナ禍が始まってから“ Mine SPA1 ”の生産計画が減速している。一方で、大量の電力を使用する商用EV・旅客輸送用EVの生産に焦点を当てており、同社傘下のAbsolute Assembly社は、EECエリアに設けた年間生産能力6,000-8,000台の4輪・6輪・10輪・バス・トラック・トレーラー等の各種EV用生産工場にて、2022年1月より生産を開始している。
同社と台湾企業のAmita Technologiesとの合弁企業Amita Technology (Thailand)は、EECエリアに設けたバッテリー工場で、2021年12月よりリチウムイオン電池・バックアップ電源システムの生産を開始している。現在、年間生産能力は1GWhであるが、将来的にはASEAN最大の生産能力となるように年間50GWhに拡大する事を計画している。
サーミットモーター
サーミットモーターはタイで最初のリーフスプリングメーカーとして、1959年に設立された。その後事業を拡大し、大手自動車メーカーに各種自動車部品・アクセサリーを提供する一次サプライヤーとして知られ、タイのトラック・トレーラーのボディの No.1メーカーとなった。
同社は2019年の創業60周年を機に、Sammitr Group Holdingとして8つの事業部門(➀トラック・トレーラー➁自動車部品➂ピックアップトラック・配送車両等のキャノピー・アクセサリーの製造④OEMグループ➄グリーンエネルギー⑥国際貿易投資⑦その他⑧SSMデジタルプラットフォーム)で構成されるようにグループ内の22以上の子会社を再編した。このうち⑤のグリーンエネルギー事業部門においてEV開発を手掛けている。
ペッチャブリー県における中国第3位の自動車メーカーとのEVトラック生産の合弁事業計画(出資率: Sammitr40%・中国企業60%)が、2020年6月にタイ投資委員会(BOI)に承認された。
同事業計画は、投資額55億バーツ、年間85億バーツ相当の国内原料を使用し、生産能力は年間3万台で、国内販売を主としている。当初は、食品事業者向けの6輪ドライおよび冷凍トラックの販売に焦点を置く。トラックのプラットフォームは、顧客のニーズに応じて、様々な形態に調整可能としている。また、バッテリーに関しては、生産せずに国内調達するとのこと。同社の6輪EVトラックは初期データでは、200kWhのリチウムイオン電池を使用し、1回の充電で、300km以上走行可能とのこと。
タイのEV(電気自動車)業界の今後の動向
EV(電気自動車)生産のハブへ
タイ通商代表部(TTR)によると、タイへの投資を誘致したい新技術を持ち合わせる大規模産業として、➀EV➁スマートエレクトロニクス➂高品質な観光④デジタル➄医薬品の5種の産業を挙げている。
➀➁➂については、GDPの50%を占めている為、最新化や追加の投資喚起が出来ない場合、長期的に国の競争力を失うとしている。また、タイへのEVの投資について、多くの自動車メーカーと協議したところ、タイの強みは国内市場規模である事が分かった。そのため、タイ国内での市場の主導権を取るためにEV購入割引(約15万バーツ/台)措置を講じた。30年前に様々な自動車メーカーがタイに生産拠点を設ける要因となった国内需要と同様に、EVについても国内需要を拡大し、投資誘致に相応しい市場を構築する戦略により、タイのEV産業への投資額は約3,600億バーツになると見込まれている。
2022年5月に開催されたアジア未来国際会議(日経フォーラム)にて、プラユット首相は、タイが世界的なEV生産拠点となる為に日本と協力したい旨を表明した。また、2021年9月にタイ石油公社(PTT)と台湾の鴻海精密工業(Foxconn)が、タイでのEV工場設立の投資提携を締結した。
政府の措置に基づく特別割引を伴うEV普及促進対策に参加している自動車メーカーは、現在、中国の上海汽車集団・長城汽車の2社。同じく中国のEVメーカーBYDもタイへの投資に合意し、 EV参入企業が増えつつあるが、タイは、自動車産業を継続させる為に、完全なサプライチェーンを成す大規模な投資形態による外国企業の参入を望んでいる。
関連インフラの拡充へ
EVに関して最も付加価値が高い部品のバッテリー生産について、タイは原料資源ならびに中国の様な最新技術を持っていない。バッテリー産業は、シェアを40%を占めている中国企業のCATLや韓国企業のLGES等による寡占市場である上、高度な生産技術と熟練労働者を要し、生産コストも高い為、新規参入が難しい。
また、インドネシアは、バッテリー生産に使用されるリチウムの世界最大の産出国である。人件費がタイの3分の1、人口がタイの約4倍で市場規模が大きく、タイより平均⾃動車販売台数も年間100万台多い為、タイよりもEV・バッテリーの外国直接投資(FDI)を引き付ける可能性が⾼い国の1つになるとの予測もある。
EVバッテリー生産事業に対するタイ投資委員会(BOI)の恩典は次の通り。
➀セル生産:法人所得税を8年間免除(上限額なし)+タイ国内で調達不可な原材料・必要資材の2年間の輸入税90%減税➁モジュール生産:法人所得税を8年間免除+タイ国内で調達不可な原材料・必要資材の2年間の輸入税90%減税➂バッテリーパック組立のみ:法人所得税を5年間免除
現在のEVバッテリー技術の主流であるリチウムイオン電池の原料資源が、タイには非常に少ない事から、東部経済回廊イノベーション特区(EECi)で、タイに豊富にある亜鉛を原料として使用するEVバッテリー開発が官民の投資・協力により進められている。2023年迄に年間生産能力500~1,000MWを持ち、年間約25~50億バーツの収益が見込まれるバッテリー工場の建設が目標となっている。
バンコク在住のタイ人。タイにおける日系企業向け翻訳・通訳を6年間以上行う。経済、ビジネス、IT分野に興味があり、マーケティングや流通を含めた企業調査や、企業調査といった情報収集が得意。