ベトナムでは依然、現金による支払いが一般的であるものの、ホーチミン市などの都市部を中心にキャッシュレス決済が浸透しつつあり、キャッシュレス決済による取引額は大幅に伸びています。
今回はそんなベトナムのキャッシュレス決済事情について、詳しく解説します。
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ベトナムのキャッシュレス事情
ベトナム政府のキャッシュレス推進状況
ベトナム国家銀行は、2021年に首相決定1813/QD-TTg号に従い「2021~2025年期間にベトナムにおけるキャッシュレス決済の開発に関するプロジェクト」の実施計画を公布した。
同計画の主な軸は次の5点である。
①関連する法規定やメカニズム及びポリシーを完成させる。
②キャッシュレス決済インフラを安全かつ効率的に運用し、他のシステムと接続できるようにアップグレード、開発する。
③幅広い分野・地域で電子決済サービスを展開する。
④政府部門や行政サービスにおける電子決済を促進する。
⑤電子決済活動における国際基準の適用及び安全確保のための管理強化。
⑥電子決済活動に関するトレーニング、案内、消費者保護に関する事項の促進。
また、2022年にベトナム政府(情報通信省)は学校を含めた教育機関や病院、医療施設におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)とキャッシュレス決済の促進に関する資料781/BTTTT-QLDN号を発行した。
上記資料に記載されている目標は、2022年に学校を含めた教育機関の50%、病院や医療施設の50%で現金以外の支払方法の導入・使用を目指す。また、学校を含めた教育機関、病院や医療施設では、ユーザーの安全性及び機密性を確保するためのソリューションを導入する。同時に、安全を確保するための対策や詐欺に関する情報発信・普及にも注力する。その他に、消費者の権利と利益を確保するためのQ&Aと苦情処理を整備する。
ベトナムの決済事情
ベトナム国家銀行の最新データでは、電子決済口座を持つベトナム人の成人の割合は66%程度まで増加している。また、ベトナム全土で約340万の銀行口座があり、130万人分の銀行用キャッシュカードが発行されている。
また、ベトナム国内の公共サービス部門では、Payoo電子ウォレットが長年にわたり、ホーチミン市産業貿易局やホーチミン市観光局などの政府機関と協力して決済サービスを提供してきた。
2022年第2四半期のPayoo決済プラットフォームの利用記録によると、国家公共サービスポータルでの決済取引は2022年第1四半期と比較して84%増加し、取引額は3倍に増加した。また、観光事業者でのPayooPOS決済取引データも、2022年第1四半期と比較して数量及び金額が60%増加した。
また、Payoo電子ウォレット以外の事業者が提供する公共サービス部門向けのキャッシュレス決済取引も非常に順調に伸びている。取引量は67%増加し、取引額は2倍に増加した。コロナ禍でオンラインでの学習や学費支払い等の需要が高まったため、キャッシュレス決済は教育分野で需要が高まり、現在も拡大を続けている。教育業界以外でもキャッシュレス決済の利用は伸びており、食品及び飲料業界においては、2022年第2四半期は2022年第1四半期と比較して取引量で61%、取引額で41%増加した。
2022年の最初の6か月間のキャッシュレス支払の取引に関しては、取引量で69.7%、取引額で27.5%増加した。また、ベトナム国内でアクティブ化された電子ウォレットの総数は2021年末との比較で10.37%増加した。
ベトナムのキャッシュレスの利用状況
ベトナム国内のモバイルデバイスでの決済額は毎年大きく伸びており、取引量で90%、取引額で150%増加している。また、既存の銀行でもオンラインでの取引額が90%以上伸びている。
2021年の最初の9か月間のモバイルバンキングの取引量は76.2%、取引額は88.3%増加した。インターネットバンキングによる支払額は、2020年の同期間の比較で取引量は51.2%、取引額は29.1%増加した。また、2022年4月までの期間では、キャッシュレス決済取引は取引量で約70%、取引額で27.5%増加した。
2019年から導入されたキャッシュレスの日(6月16日)は、ショッピングや決済取引を行う際にキャッシュレス決済を使用することを奨励する日で、消費者は金融機関、決済仲介業者、小売業者から優遇措置を受けることができようになっている。
「キャッシュレスデー2022」での主な活動としては、2つのキャッシュレス市場(2022年6月4日、2022年6月12日)の実施や、全国ワークショップ「キャッシュレスデー」の実施、ハノイ発のキャッシュレスバスの運行が挙げられる。
また、「キャッシュレス社会に向けたデジタル変革」をテーマにした展示会も行われた。主なトピックとしては、①社会経済発展のための銀行業界のデジタル変革および実際のキャッシュレス決済アプリケーション、②キャッシュレス決済を実現するために銀行やカード決済機関が顧客との接点とどのように連携するかの2点であった。
ベトナムのキャッシュレス決済~カード決済事情~
クレジットカード
ベトナムカード協会の最新の統計データによると、ベトナムには国内外の金融機関等を含む約40の組織が発行した650万枚以上のクレジットカードが存在する。また、全国で300,000台以上のカード決済に対応した端末があり、クレジットカードに対応した20,000台以上のATMが稼働している。
2021年1月にNAPAS(ベトナム国家決済株式会社)は初の「国内向けクレジットカード」商品を発売した。国内向けクレジットカードとして、商品やサービスの購入や、非接触ICカード端末を搭載したVinbus(電動バス)でのチケットの購入に使用できる。
また、2021年末までにベトナム国内にある46のクレジットカード発行会社の中で、12社が国内向けクレジットカードを発行しており、国内向けクレジットカードの発行枚数は47.5万枚を突破した。2017年から2021年の5年間で、国内向けクレジットカードの年平均成長率は23.2%で成長しており、国際クレジットカードの年平均成長率17.18%を上回っている。
デビットカード
ベトナム国内で発行された650万枚以上の決済用カードのうち、デビットカードが過半数を占めている。ベトナム国内デビットカードに関しては2021年までの約4年間で18%増加し、カード発行枚数は8,570万枚に達した。
市場シェアに関しては、Vietcombankが国内首位で23%の市場シェアを獲得しており、続いてAgribank(19%)、BIDV(13%)、Vietinbank(12%)、DongA(6%)である。また、近年ベトナム国内のデビットカード市場でシェアの増加率が大きい上位5行は、VietinBank(18%)、Agribank(17%)、BIDV(16%)、Vietcombank(15%)、東亜銀行(7%)である。
国内デビットカードの取引額は年平均8%で増加しており、2021年6月30日時点の国内デビットカード市場の総取引額は1兆184兆6,830億VNDに達し、2018年と比較して4%増加した。
また、COVID-19の流行による影響で人々の支出とショッピングへのニーズが減少し、2020年~2021年にかけてベトナム国内のカードを介した取引が2018年との比較で11%減少した。
ベトナムのキャッシュレス決済~QRコード決済事情~
VNPAY
2007年3月に設立されたVietnam Payment Solutions Joint Stock Company(VNPAY)は、ベトナムにおける電子決済分野のリーディングカンパニー。
同社は40以上の銀行や5つの通信会社、150,000以上の企業に電子決済サービスを提供している。同社はバンキングアプリケーションにQRコード決済を導入する先進的な企業になる事を目指している。
同社が開発したVNPAY-QRは、顧客が銀行アプリケーション又は電子財布に組み込まれたQRコードスキャン機能を利用し、VNPAY-QRコードをスキャンする事で支払いを行うことができる決済ソリューションサービスである。
VNPAY-QRは、銀行のモバイルバンキングだけではなく、安全で簡単、迅速、高レベルのセキュリティで決済手続きができ、全国にある多数の店舗・施設(自動販売機、ECサイト、店舗、銀行等)で利用できる。
ShopeePay
ShopeePayは、ASEANや台湾等で大手ECサイトを展開しているシンガポール系企業(Seaグループ)が展開している電子決済サービス(ShopeePay Wallet)。同サービスはAirpaye Walletという名称でサービスを開始し、 2021年6月に現在の名称に変更された。
ShopeePayを利用する事で、ユーザーはShopee(ベトナムNo.1のECサイト)でのオンライン決済や携帯電話へのチャージ、オンライン送金、店舗でのQRコード決済等に利用できる。金融機関等を含む24社以上のビジネスパートナーと協力している。
ShopeePayのScan&Pay機能を利用し、顧客はQRコードをスキャンして便利に決済できる。QRコードスキャンによる支払いは、店舗およびShopeePayパートナーのウェブサイト経由で行うことができる。ベトナムの大手銀行の銀行口座とリンクして使用できる。
同社のサービスの支払決済、入出金等は安全性を確保するために生体認証又は6桁の認証コードの確認を行う安全性の高いシステム(PCIDSS基準に対応)が導入されている。
Payoo
Payooは2008年設立のVietUnionが、2009年に決済仲介サービスの事業許可を取得して開始した決済サービスである。同社はローカル企業(Saigon Construction)と日本のNTTデータが共同で投資したベトナムコミュニティオンラインサービス合資会社(VietUnion)が運営している。
同アプリでは、電気や水道、電話、テレビ、インターネット、金融関連の代金決済等を簡単かつ迅速、便利に支払う事ができる。
同社では2020年末までに全国で15,000箇所を超える決済対応ポイントがあり、350種類以上のサービスに関する請求処理に対応している。また、大規模かつ定期的なユーザーを擁しており、年間の総取引額は約100兆VNDに達している。
同社のサービスはインターネットバンキングおよび銀行窓口に加え、自社Webサイト(www.payoo.vn) やPOSシステムで請求に関する決済手続きを行える。同社のサービスにはQRコードのスキャンの機能が織り込まれており、銀行アプリや電子ウォレットを利用する際はQRコードを読み込むことで決済が完了する。
MoMoe
MoMoeは、ベトナム最大のスーパーアプリ/決済アプリ(MoMo)を運営しているM-Service社が展開している電子決済サービス。2009年にベトナム国家銀行から営業ライセンスを取得し、正式にサービスの提供を開始した。
MoMoeはスマートフォンにダウンロードしたアプリを使用するタイプのベトナム初の電子ウォレットサービスである。送金や金融、旅行、娯楽、寄付などの分野で幅広いサービスを提供しており、一般ユーザーの生活の全てのニーズを満たす。
同アプリは3,000万人以上のユーザーが利用しており、ベトナム全土に140,000箇所以上の決済対応ポイントがある。また、50,000以上のアフィリエイトパートナーと連携しており、ベトナム国内のコンビニやスーパーマーケット、飲食店、映画館、ECサイトなどで簡単に利用できる。
ZaloPay
ZaloPayは、ベトナム初の大手SNS(Zalo)やオンラインゲーム等の開発を行うベトナム企業(VNG Corporation)が運営している。ZaloPayは20を超える銀行と提携しており、幅広い一流のビジネスパートナーと共に決済ネットワークを構築している。
同アプリでは、生活やビジネスにおけるすべての支払いニーズを満たせるように構築されている。送金サービス、電話/インターネット通信料の決済、各種代金(電気、水道、インターネット等)の決済、ECサイトの決済、店頭での代金決済等に利用できる。
同アプリでは、静的QRコード及び動的QRコードの両方に対応した決済サービスを提供している。静的QRコードとは、顧客が専用アプリを使用し、カウンター/店舗に設置されているQRコードをスキャンし、支払い金額を入力する支払い方法。動的QRコードとはPOSマシンのZaloPayアプリで支払い方法を選択し、アプリでPOSに表示されているQRコードをスキャンする支払い方法。
Moca
Mocaは、2012年にマレーシアで創業した東南アジア最大手のマルチサービススーパーアプリ/モバイルテクノロジー企業(Grab)が展開する電子決済サービス。同社の電子決済機能(Mocae E-Wallet)は、2018年10月からGrabアプリに実装されており、アプリを利用してオンライン決済で利用できる。
同アプリ上で行われる全ての決済手続きに関する取引情報は、高い安全性が保証(最高レベルの不正検出機能及びセキュリティを備えている)されており、ATMカードや国際デビットカードと安心して連携させることが出来る。同アプリはベトナム国内の25社の金融機関、VISAやmastercard、JCB等とも提携している。
同アプリではライドシェアサービスの決済、送金サービス、フードデリバリーの決済、電話/インターネット通信料の決済、店頭での代金決済などで利用できる。
ベトナムのキャッシュレスの現状課題
法制度の課題
ベトナムでは電子決済の分野における法制度は近年改善されているが、依然として不完全で不十分である。特に近年は電子決済市場の急速な発展・普及に法制度が追いついておらず、数多くの新しいサービスが生まれている反面、デジタル通貨や電子マネーに関する具体的な法制度の整備が追い付いていない状況である。
現金主義の課題
一般のベトナム人はキャッシュレス決済の使用に不安を感じている人が多い。特に農村地域ではキャッシュレス決済の利用が初めての経験になる事が多く、電子決済利用への心理的障壁が大きい状況である。
ベトナム国家銀行のデータでは、ベトナム国内には約8,850万の銀行口座があるが、総人口(約9,762万人/2020年)より少なく、銀行口座を持つベトナム人は全人口の上位35%で、依然として銀行口座を保有していない人が多い。
また、International Data Group (IDG)の調査では、銀行口座を保有するベトナム人(全人口の40%程度)に関しても日常的な支出の80%は現金を使用している状況である。
セキュリティ対策の課題
ベトナム国内での電子決済の利用にあたり、アカウントのセキュリティや決済における安全性が問題になっている。情報漏えいや盗難、ハッカーによる脅迫や詐欺に遭う事例が発生しているからだ。そのため、決済手続きに必要な個人情報の提供を心配したり、情報が盗まれてハッキングされ、お金を盗まれる事を恐れているベトナム人が多い。
決済仲介業者ではセキュリティ対策や安全性向上に取り組んでいるが、アプリの決済照会システムがより複雑になり、特に中高年の顧客層には電子決済の利用を躊躇する消費者が増えている。
また、ベトナム国内の電子決済で利用される決済照会システム自体のインフラも脆弱な状況である。具体的には電子決済サービス事業者と電子決済サービスを導入した事業者の拠点が物理的に離れている場合、決済処理の同期や手続きに時間がかかる等の問題がある。上記のような問題を解決する事で、地方を含めたより広いエリアに電子決済が普及していくと思われる。
ハノイ在住のベトナム人。名古屋大学で文部科学省奨学金の日研生として留学経験有り。日越の翻訳、通訳などが得意で、日本語教師の経験有り。ハノイで日系IT企業に入社後、主に総務・人事、日本親会社との取引業務を約3年経験し、その後長野県で日本企業で勤務。