ベトナムは東南アジアで最も多い太陽光発電設備と、東南アジア最大の風力資源を持っています。ベトナム政府が掲げる2050年グリーンエネルギー目標を踏まえると、同国は再生可能エネルギー分野の世界的リーダーになるチャンスが秘められています。
今回はそんなベトナムの再生可能エネルギー事情について詳しく解説します。
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ベトナムの再生可能エネルギー事情
ベトナムで再生可能エネルギーが注目される理由
アジア開発銀行(ADB)のデータでは、現在ベトナム国内の電力消費量は年間11%以上で増加し続けており、これはベトナムのGDP成長率を考慮した消費量を大幅に上回っている。そのためベトナム国内の電力需要を満足することが困難になっており、ベトナム国内での発電分野への投資が緊急の課題となっている。
ベトナム政府は、海外から輸入しなければならない化石燃料の不足や化石燃料を利用した発電による気候変動への影響等を踏まえて、再生可能エネルギーへの切り替えを目指している。
世界銀行(WB)のデータでは、ベトナム国内では2020年時点で太陽光発電から16,500MWの電力が生産されており、東南アジアで最も多い太陽光発電設備があり、2020年時点で太陽光発電設備の設置容量が最も高い世界TOP10の国にランクインしている。
ベトナムは東南アジアで最大の風力資源を持ち、最大で311GWの発電容量があると言われている。ベトナムは3,000km以上の広大な海岸線を持つ地理的形状のおかげである。
ベトナムは風力発電と太陽光発電の大きな可能性があり、ベトナム政府が掲げる2050年グリーンエネルギー目標を踏まえてベトナムは再生可能エネルギー分野の世界的リーダーになるチャンスがある。
ベトナムの再生可能エネルギーの市場規模
Vietnam Electricity(ベトナム電力公社)のデータでは、2021年末までにベトナム国内の再生可能エネルギー関連の総発電設備容量は20,670MWとなり、ベトナム全体の総発電設備容量(76,620 MW)の約27%を占めている。また、ベトナム国内の再生可能エネルギーからの総電力出力は31兆5,080億kWhに達し、ベトナム国内の発電システム全体の総電力出力の12.27%を占めている。
具体的には、風力発電の総発電設備容量は3,987MWで、70プロジェクトにおいて商業運転が行われている。2021年時点で33億4,000万kWhの電力が発電されており、ベトナム全土の発電量の1.3%を占めている。太陽光からの発電量は278億4000万kWで、ベトナム全土の発電量の約10.8%を占めている。バイオマスからの発電量は3億2,100万kWhで、ベトナム全土の発電量の約0.12%を占めている。
ベトナム政府は2021年~2030年までの国家電源開発計画で、2045年までのビジョンを掲げ(電力計画VIII案)、具体的な目標を設定している。具体的には2030年までに風力からの発電量を16,100MW、太陽光からの発電量(屋上太陽光発電を含む)を16,500MW等を目指して投資などを行うと公表している。
ベトナムの電源構成比
ベトナムの電源構成に関しては、近年の非常に急速な経済成長に対応するため多様な電源の開発が行われている。世界諸外国の電源開発動向と比較すると以下のような点が異なる。
2021年時点のベトナム国内の電源構成は、石炭火力が32.2%、水力が28.5%、再生可能エネルギーが27.0%、ガスタービンが9.3%、火力が2.0%、海外からの輸入が0.7%、その他が0.3%を占めていた。電力構造に占めるクリーン電源 (水力及びその他の再生可能エネルギー源を含む)の割合は、総発電設備容量の 65.6%を占めている。
ベトナム政府の風力発電及び太陽光発電のFIT価格設定メカニズムは、ベトナム国内での太陽光及び風力の発電設備開発を促進する原動力となっており、ベトナムの電源構造で再生可能エネルギーの割合が増加する要因になっている。
電力計画VⅢ案では総電力容量に占める再生可能エネルギーの割合が、2021年時点の27%から、2025年には29%、2045年には40%に増加すると予想されている。上記のような傾向はベトナムを含めた世界的なトレンドになっている。
ベトナムの再生可能エネルギーの投資・開発状況
ベトナムでは2030年までに再生可能エネルギーから生産した電力容量の割合を総電力容量の45%まで増やし、再生可能エネルギー分野への投資額を140億USDに増やすことを目標に掲げている。近年、ベトナムの再生可能エネルギー分野のプロジェクトへ海外及び国内の投資が集まっている。
例えば、SP Group(シンガポール)は2025年までに1.5GWの実用規模の屋上太陽光発電設備の導入に向けたプロジェクトを進めている。また、CIP(デンマーク) とベトナムのビントゥアン省は、最大総容量3,500MW、投資総額100億USDの La Gan洋上風力発電プロジェクトを進めている。
Sembcorp Group(シンガポール)は、大規模な太陽光発電所をベトナム国内に建設し、ベトナム国内の顧客に対して100%再生可能エネルギーから生産した電力を共有するのを支援する。また、フランス電力グループ(EDF)やSKグループ(韓国)などの一部の機関投資家は、ベトナム国内のパートナーと合弁で事業を展開しており、工業団地や工業団地向けの屋上太陽光発電市場に数億USDを投資する計画を進めている。
ベトナム国内の投資家では、Trungnam Groupが220/500kV変電所と450MW Trung Nam-Thuan Nam太陽光発電所を組み合わせたプロジェクトを展開している。また、Ha Do GroupではHong Phong4太陽光発電所、Ninh Thuan7A風力発電所のプロジェクトを展開している。
ベトナムの再生可能エネルギーの現状
太陽光発電
世界の年間日射分布帯の中で、ベトナムは世界中で最も太陽光の日射時間が長い国の1つである。これが、ベトナムが太陽エネルギーを開発するための大きな基盤である。
独立系のエネルギーシンクタンクであるEmberが公表したGlobal Electricity Assessment Report 2022では、2021年のベトナム国内の太陽光発電出力は2020年と比較して337%増加しており、世界で最も高い太陽光発電出力を持つ TOP10カ国の1つになっている。
ベトナム全土の太陽光発電容量は2018年時点の86MWから2021年には 27,840MWまで急激に増加した。また、屋上太陽光発電からの発電容量はベトナムの太陽光発電容量全体のかなりの割合を占めているが、2030年までに約半分を占めると予想されている。上記のような状況を踏まえてベトナムはタイを抜いてASEANで最大の太陽光発電設備容量を持つ国になると予想されている。
風力発電
ベトナムは東南アジアで最大の風力資源を有しており、最大311GW相当の風力資源がある。ベトナムの気候や地形は、再生可能エネルギー、特に風力発電が重要な投資対象となっている。
ベトナム国内の非常に大きな風力資源は丘や山を含む3,000km以上の海岸線を持つ細長い地理的形状による要因が大きい。世界銀行のデータでは、ベトナム全土の39%以上のエリアで風速6m/s以上の風が吹いており、全体で512GW相当する。ベトナムでは風力を含んた再生可能エネルギー分野で大きな可能性があり、ベトナム国内の約8.6%のエリアが大規模風力発電に適している。
ベトナム国内で計画されている風力発電プロジェクトの総発電容量は3,987MW(70プロジェクト)であり、2021年時点でベトナム国内の総発電容量の1.3%に相当する33億4000万kWhの風力発電所が商業運転している。
ベトナム国内では現在99MWを超える洋上風力発電を設置しているASEANで唯一の国である。ベトナム政府の国家電源開発計画では、ベトナムは2030年までに総風力発電容量を6,000MWに増やすことを目指している。
バイオマス発電
ベトナム国内ではバガス、稲わら、木材チップ、おがくず、籾殻などの材料からバイオマス電力を生産できる可能性がある。ベトナム電力規制局が公表した2021年時点での国家電力系統の運用に関する報告書では、2021年末時点でのベトナム国内のバイオマス発電所の発電設備容量は325MWであり、ベトナム国内の総発電設備容量の0.42%を占めている。2021年のバイオマス発電からの発電量は3億2,100万kWhに達し、ベトナム国内の総発電量の0.13%を占めている。
ベトナム政府が公表した電力計画VIII案では、2030年までにベトナム国内のバイオマスエネルギーの発電設備容量は1,730MWに増加すると予想されている。また、2035年までに籾殻からの発電容量が約370MW、薪・林業副産からの発電容量が物3,360MW、バガスからの発電容量が470MW、わらからの発電容量が1,300MW、バイオガスからの発電容量が1,370MWになると予想されている。
ベトナム国内には現在10箇所のバイオマス発電所があり、国内最大規模のバイオマス発電所はPhu Yen KCP Plant、An Khe Biomass Power Plant (Gia Lai)、Bourbon Biomass Power Plant (Tay Ninh)である。
水力発電
ベトナムは水力資源が豊富な国と考えられており、ベトナム国内には約3,000本の河川がある。ベトナム国内の水力発電は、ベトナム国内の電力ネットワークで重要な位置を長年占めてきた。2021年時点でベトナム国内の水力発電所は約78,605MWの容量があり、ベトナム全土の総発電設備容量の30.62%を占めている。
ベトナム国内には818件の水力発電プロジェクトがあり、総発電設備容量は約23,182MWである。そのうち、385件のプロジェクトが稼働中で、総発電設備容量は18,564MWである。また、143件のプロジェクトが建設中(総発電設備容量:1,848MW)で、290 件のプロジェクトへの投資が検討中(総設備容量: 2,770MW)である。実際には、ベトナム国内では上記以上の数の水力発電所の建設が検討されている。
ベトナム国内では約25,000~26,000MWの水力発電容量(約900~1000億KWhに相当する電力)を開発出来る余地があると言われており、水力発電分野の市場開拓余地は非常に大きい。
ベトナム政府の再生可能エネルギーの政策
再生可能エネルギーの優遇買取価格の設定
ベトナム政府は再生可能エネルギープロジェクト(風力発電、太陽光発電)に対して優遇買取価格(FIT:20年間固定優遇購入価格)を設定している。首相決定13号(13/2020/QD-TTg)の条件が適用される。
具体的な優遇買取価格は、太陽光発電の場合は2020年12月31日以前に稼働したプロジェクトの場合、地上に設置する太陽光発電プロジェクトで7.09セント/kWh(VND1,644/kWh相当)、水上太陽光発電の価格は7.69セント/kWh(約 1,783VND/kWh) 、屋上太陽光発電は8.38セント/kWh(1,943 VND/kWh)が適用される。
首相決定39号(39/2018/QD-TTg)では、2021年11月1日以前に商業運転を開始した風力発電プロジェクトに関しては、オフショアプロジェクトの場合は9.8セント/kWh(2,223VND/kWh)、陸上プロジェクトは8.5セント(1,927VND/kWh)が適用される。
ベトナムでは電力購入価格のインセンティブメカニズムに加えて、再生可能エネルギープロジェクトを対象にした、法人所得税や設備輸入税、土地使用インセンティブなどの優遇税制がある。
再生可能エネルギーによる電力売買の許可
太陽光発電プロジェクトの税制上の優遇措置や土地や水の利用に関しては関連する現行法に準拠して行われている。また、屋上太陽光発電システムでは発電された電力の一部又は全部をベトナム電力公社(EVN)又はベトナム電力公社(EVN)の電気を使用しない団体・個人へ販売することが許可されている。
ベトナム電力公社(EVN)は、屋上太陽光発電システムの電力計測機器の投資や設置、保守を行う。また、ベトナム電力公社(EVN)から承認されたグループ会社と電力売買契約を締結する。
全国の送電網に直接的又は間接的に接続されている屋上太陽光発電システムは、ベトナム電力公社(EVN) により承認されたグループ会社へ登録・接続後、投資及び開発が可能になる。
系統連系型太陽光発電及び屋上型太陽光発電事業の売電契約期間は、営業運転開始日又は発電開始日から20年。この期間以降の契約期間の延長又は新規契約に関しては現行法の規定に従う。
ベトナムの再生可能エネルギーの今後の課題
用地取得の課題
ベトナム国内で行う新しい再生可能発電プロジェクトに関しては、関係する地域等の人々や一部の社会組織から反対を受けている。反対を受ける理由は、景観への影響や環境悪化、地域コミュニティへの説明等が欠如している等の理由で発生するケースが多い。特に再生可能エネルギー事業所を建設する際の用地取得でトラブルが発生する事が多い。用地取得に関わる課題について説明する。
一つ目の課題は、土地利用目的を転用又は補償、用地整理の手続きを行い、承認、土地利用計画を調整する必要がある。これらの手続きは煩雑で手続きに必要な時間も長い。そのため、プロジェクトのコストの増加やスケジュールの遅延が発生している。
二つ目の課題は、ほとんどのプロジェクトでは土地を収用した投資家や行政と農民などの土地の所有者との間でトラブルが生じる。投資家や地方自治体が収用した土地に対する補償として提供する土地の価格は市場価格よりもはるかに低く、土地を収用された農民が生活に必要な土地を失い貧困に陥る等により農村部の持続的な発展に影響を与えている。
これらの状況に対応するために農家が保有する土地でプロジェクトを実施する企業に土地の所有者が土地をリースし、賃貸価格は状況に合わせて見直し、農家は土地を保有し続ける事が出来る。この方法の場合は、投資家は土地の使用目的を変更する必要もない。
電力送電システムのインフラ課題
現在、ベトナムでは再生可能エネルギープロジェクトから発電容量が送電インフラの能力を超過している。電力送電システムのインフラが不足しているため、発電所から供給される電力に対応できないため、再生可能エネルギーを利用した多くの発電所は送電インフラが対応できる送電量まで供給量を削減している。
再生可能エネルギープロジェクトに関わる投資家は、投資時に計算した供給量が保証されない場合は投資を回収できない重大なリスクを負う事になる。
ベトナム電力公社(EVN)の関係者は、①送電線インフラの不足、②中部地域での220kVと110kV送電線の過負荷、③南北送電線が不足などによりベトナム国内で十分な送電インフラが提供されていない再生可能エネルギーを利用した発電所が200以上あるとしている。
再生可能エネルギーを利用した電力が全体の電力に占める割合は増加しており、供給できる総電力容量も向上している。容量が増改している地域は一部の低負荷地域に集中している状況である。一方、送電網は、今後の再生可能エネルギー分野の成長を考慮して整備されていない。ベトナム政府は上記のような課題を解決するため民間企業がベトナム国内の送電インフラへの投資について検討している。
投資リスクの課題
ベトナム政府(商工省)は、大量のクリーンエネルギーと巨額の投資を織り込んだ電力計画VIIIを策定し、首相に承認を得る手続きを進めている。
ただし、 新しい電力計画では実行可能な電力及び送電網に合わせた計画を実行し、エネルギーに関するセキュリティも確保しなければならない。
再生可能エネルギー分野において、FIT価格の終了前にプロジェクトを完了させるのが難しい投資家は非常に困難な状況に陥っている。既にいくつかのプロジェクトでは事業環境を踏まえて施設の一部だけを建設・利用し、残りの施設は新しく提案された優遇税制等が導入されるまで保留しているケースもある。
再生可能エネルギープロジェクトでは建設が完了した施設からの発電及び収益が十分ではない場合で、債務の返済の必要な資金が不足し、財政面で非常に大きな課題に直面するケースもある。
現時点では民間からの投資資金を活用する仕組みや民間企業の電力市場への参入の仕組みなどが不明確である。また、規制当局が法律等を十分整備しない事により混乱などが生じ、投資家に対して重大なリスクが発生する可能性がある。
ハノイ在住のベトナム人。名古屋大学で文部科学省奨学金の日研生として留学経験有り。日越の翻訳、通訳などが得意で、日本語教師の経験有り。ハノイで日系IT企業に入社後、主に総務・人事、日本親会社との取引業務を約3年経験し、その後長野県で日本企業で勤務。