lベトナムは約20年を経て世界をリードするソフトウェア開発・オフショア開発の主要国となっています。ベトナム国内のIT企業のソフトウェア開発売上の約8割が海外向けであり、日本向けのITオフショア開発の売上規模も年々拡大しています。今回は、そんなベトナムのITオフショア開発市場について詳しく解説します。
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ベトナムのITオフショア開発市場
ITオフショア開発とは
ITオフショア開発とは、海外のITオフショア開発会社を利用して自社のシステムの一部又は全てを開発したりする事である。ITオフショア開発は、一般的に新興国のIT企業に開発を依頼するため日本でシステム開発を行うよりもコストが節約できる方法として一般に普及している。また、日本ではIT人材不足が深刻になっているため日本のIT人材不足の問題を解決する方法としても注目されている。
単純なソフトウェアの開発に加えて、近年は大規模なソフトウェアの開発、IT戦略、IT関連のコールセンターやデータ処理、IoT、クラウドコンピューティング、IT以外の分野(機械工学、電子工学、電気通信など)向けのシステム開発に取り組むITオフショア開発企業も増えている。
ITオフショア開発企業との取引は一般的に以下の2つの方法で行われているケースが多い。①日本企業が要件定義等を行い、海外のITオフショア企業に要件をまとめた資料を提供する。海外のITオフショア企業は日本企業が作成した資料に従って、システム開発の検討及び開発を行う。②日本企業は必要最低限の要求事項をITオフショア開発企業に伝える。ITオフショア開発企業は、要件定義等を含めたシステムの設計及び開発に関する全てを担当し、責任を持つ。日本企業は完成した製品の品質を確認・評価し、ITオフショア企業にフィードバックする。
ベトナムのITオフショア開発市場
近年の飛躍的な経済成長及びIT分野への多額の投資により、ベトナムは日本向けITオフショア開発先の第一候補となっている。ベトナムはITオフショア開発サービス提供国ランキングなどでは有望な開発委託先として上位にランクインしている。
ベトナムが有望なITオフショア開発先に選ばれる理由は、①開発コストが安い、②政府を含めたビジネス環境が安定しているなどの理由がある。2010年代前半から日本やベトナム以外の国でシステムやアプリケーションの開発していた海外の企業がベトナム国内のITオフショア開発会社を本格的に利用し始めた。現在ベトナム国内にあるITオフショア企業では通常のシステム開発に加えて、5Gやビッグデータ、AIなど最先端のシステム開発にも対応できる企業が増えている。
外国企業がベトナムのITオフショア企業を高く評価する一方、ベトナム国内では大きく成長するオフショアIT企業が数多く生まれている。ベトナム国内のオフショアIT企業の中にはMicrosoft、Sony、Electronic Artsなどの大手企業のシステム開発を担っているオフショアIT企業や、Nortel NetworksやAlcatel-Lucentなどの企業のソフトウェア開発を担っているITオフショア開発企業がある。
ITオフショア開発の分野では、IntelやIBM、Samsung Display、Nokia、Microsoftなどの大手企業がベトナムで積極的に投資やシステム開発委託を行っており、インドの競争相手になりつつある。
ベトナムのITオフショア開発への他国の投資状況
ベトナムでは約20年を経て世界をリードするソフトウェア開発・オフショア開発の主要国となっている。特にベトナムのITオフショア開発を利用している国は米国やヨーロッパ、日本などの先進国である。ベトナム国内のIT企業のソフトウェア開発売上の約8割が海外向けであり、日本向けのITオフショア開発の売上規模も年々拡大している。
日本企業向けのITオフショア開発は、オフショア開発案件ベースの国別ランキングで1番大きなITオフショア開発拠点になっている。
IBMやIntel、Samsung、Foxconnなどの世界的なテクノロジー企業がベトナム国内にIT関係の研究センターの設立、設置の準備を進めている。また、米系のAppleもベトナム国内に研究開発拠点の設置を検討している。
日系企業でも東芝や日立、NEC、NTT、野村総合研究所などの多くの日系企業がベトナム国内でITオフショア開発を行っている。
ベトナム国内のITオフショア企業は海外の中小企業(SMB)の要求にも柔軟に対応できる点などがITオフショア開発先として高く評価されている。ただし、ベトナムではインドや中国のような大規模なITオフショア開発サービスを提供することは難しいが、中規模以下のITオフショア開発先として魅力的な国となっている。
ベトナムのITオフショア開発の優位性
人件費が安く、品質が高い
ベトナムは全般的に人件費が安い国と言われている。ベトナムのオフショアIT開発の費用は東ヨーロッパやラテンアメリカの国々で開発するよりも20~30%安い費用で開発ができる。ベトナムと同等レベルの人件費・技術力で同等レベルのITオフショア開発が出来るのはアフリカの限られた一部の国だけである。しかし、それらのアフリカ諸国はネットを含めたインフラ環境が未発達で製品の品質も低いため、ベトナムと同等レベルのシステム開発は難しい状況である。
Markets Insiderが公表した「2019年版:世界でアウトソーシングに最適な国」のランキングでベトナムは第5位にランクインした。スキルにもよるが、ベトナムのITエンジニアの時給は約3.7USD程度である。日本のITエンジニアの時給は約12.9USD、インドのITエンジニアの時給は5.6USD、フィリピンのITエンジニアの時給は約10.5USDである。ベトナムのITエンジニアのコストは日本と比較すると非常に低く、インドやフィリピンなどの他のITオフショア開発国と比較しても非常に高い競争力がある。
また、近年ベトナムの多くのITオフショア開発会社は、AIやブロックチェーン、IoTなどの新しいテクノロジーの研究開発に注力しており、ベトナムは費用対効果の高いITオフショア開発及び、高度なテクノロジーを用いたITオフショア開発を求める企業に対して非常に魅力的なオフショア開発拠点になっている。
スキルの高い人材が豊富
日本ではITエンジニア不足が深刻になっている。 一方、ベトナムではITを専攻するベトナム人学生が毎年何千人も大学を卒業し、社会人になっている。そのため、常に豊富なIT人材が市場に供給されており、ITエンジニアの人件費は他国よりもリーズナブルである。
ベトナム情報通信技術白書(2020年)の統計データでは、ベトナムのIT人材の状況に関して以下のような説明がある。“ベトナム国内にはハードウェア及びソフトウェア、デジタルコンテンツ、ITサービスなどの分野で働く100万人以上のIT人材がいる。また、ベトナム国内の158大学でITやエレクトロニクス、電気通信、サイバーセキュリティに関する専門的な教育プログラムが提供されており、毎年55,000人以上のIT分野を専攻した学生が社会人になっているなどの理由でベトナム国内にはIT人材が豊富になっている”
また、ベトナムでは強力なSTEM(科学、技術、工学、数学)教育が行われているため、多くのITエンジニアの育成に適した環境も揃っている。
また、ベトナムの新卒者ITエンジニアは大学在学中に職業教育を受けており、一定のITスキルを修得しているケースが多い。また、プログラミング言語に関する知識だけでなく、プログラムの作成経験も豊富な学生が多いため、入社後に基礎分野の再教育を行う必要が少ないケースが多い。
ベトナムのオフショア開発に関連する政策
法人所得税の優遇
IT産業はベトナム政府の工業化及び近代化に関する重要政策の対象産業になっている。従ってベトナム政府は常にIT産業に対して税制上の優遇措置を提供している。
ベトナムでは、政府が指定する「特定分野」に投資する外国企業を対象に、新たに設立された法人は法人所得税(CIT)が免除される。「特定分野」にはハイテクセクターやソフトウェア開発などを含めたIT産業が含まれている。
通常、ベトナムの法人税率は20%であるが、ソフトウェア開発事業を行う法人の場合は15 年間は10%の優遇法人税率が適用され、更に4 年間は免税、その後9年間は 50%の減税が適用される。ただし、優遇税率はソフトウェア開発のみを対象としており、明確に分類がされている。例えばソフトウェアを販売する事業は除外されるため事業内容を慎重に検討する必要がある。
法令(Decree No.218/2013/ND-CP)の第16条で指定されている免税及び軽減税率期間は、税制優遇措置の対象となる新たな投資プロジェクトからの課税所得の初年度から計算される。新規投資事業の収益が発生した初年度から3年間課税所得が無い場合は、4年目から免税・減免期間としてカウントされる。企業は税制上の優遇措置や優遇税率、免税及び減税期間、課税所得からの損金控除等を自己申告や確定申告のために決める必要がある。
VATやライセンス料の優遇
IT産業は法人税の優遇措置の対象となっているが、ベトナム政府はIT産業の発展を促進するためのその他の税政策を行っている。
具体的にはVAT(付加価値税)の対象となる産業を規定する法令(Circular 219/2013/TT-BTC)の第4条第21項で「コンピューターソフトウェアには法律で規定されているソフトウェア製品及びソフトウェアサービスが含まれる」と記載されており、VATの対象には含まれない。そのため、同ビジネスを行う企業の請求書の税率は0%であり、自社が開発した製品に関係するVATは発生しない。
ソフトウェア開発会社に関係するライセンス料に関して個別に優遇する規制等は設けられていないが、ライセンス料全般に関する政令では新たに設立されたITを含めた全ての事業を行う企業の初年度のライセンス料は免除されると規定されている。また、テクノロジーやソフトウェア等を含めたソフトウェアサービスの輸出税にも優遇措置があり、ソフトウェアサービスに関する税率は0%に規定されている。
ベトナム政府はソフトウェア産業の技術開発を奨励し、国の発展を更に促進するためにソフトウェア開発企業向けの支援策等を検討している。
ベトナムのオフショア開発の今後の動向
賃金の上昇
ベトナムは途上国であり、急速に経済が成長している途上にある。ベトナム国内の賃金の上昇率は以前よりも緩やかになったが、依然として年間約6~7%で上昇している。IT分野の賃金に関しては他国と同等以上に賃金が大きく上昇している状況である。
ベトナム国内の実務経験3年未満のエンジニアを対象にした調査では、現在最も高給なエンジニアはAI/ML開発者(Kubermetes、TensorFlows、Python)及びクラウドコンピューティング(AWS、GCP、Azure)であり、ベテランのエンジニアや優秀なエンジニアは非常に高い給料を得ている。
ベトナムでは2015年頃からAIやクラウドコンピューティングの開発が始まっており、将来的に最も競争力のある技術分野として注目されている。そのため、ベトナム国内のAIやクラウドコンピューティング分野のエンジニア数も大きく増加している。また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で全世界でDXが積極的に行われているため、AIやクラウドファンディングを含めた先端分野のベトナム人エンジニアの給与は上昇している。
2021年と2020年のITエンジニアの給料を比較すると、AI/ML開発者やクラウドコンピューティングを中心に給料が増加しているが、日本のエンジニアと比べると依然として低い水準である。そのため、ベトナムでのオフショア開発はコスト低減方法として非常に良い選択であるが、今後の給与上昇や市場の変化等にも注視する必要がある。
企業の競争力強化
ベトナムのITオフショア開発企業の競争力は、近年ベトナム国内で世界中の大手企業のオフショア開発案件が増加しているだけではなく、クライアントへの付加価値の提供の実績でも確認することができる。
以前のITオフショア開発は一方向で行われていた。具体的にはベトナムのITオフショア開発企業はクライアントから「仕様・要件」及び「オンデマンドコード」を受け取り開発を行うだけであった。そのため、長期的な思考や想像力が欠如しており、ITオフショア開発企業で働くベトナム人の専門的な能力を深める機会がないと言われていた。
ITオフショア開発ビジネスの黎明期、ベトナムのITオフショア企業は顧客の要求に従った開発のみを行っていた。しかし、近年はベトナム側が一定程度のノウハウを蓄積し、イノベーションや創造性を活かして顧客に最適なソリューション等を提供するアドバイス等も行っているケースもある。
ITオフショア開発会社が上記のように進化した事で、プロジェクトを通じて商業目的やソフトウェア開発に関する深い知識の向上だけでなく、若いベトナム人エンジニアが製品やビジネスに対する考え方を学ぶことが出来るようになっている。
また、海外の顧客からのプロジェクトの需要が高まっており、ベトナムのITオフショア開発企業が顧客に対して初期のコンサルティング段階からプロジェクトの実行まで遂行できるITオフショア開発企業も増えてきている。
ハノイ在住のベトナム人。名古屋大学で文部科学省奨学金の日研生として留学経験有り。日越の翻訳、通訳などが得意で、日本語教師の経験有り。ハノイで日系IT企業に入社後、主に総務・人事、日本親会社との取引業務を約3年経験し、その後長野県で日本企業で勤務。