シンガポールのEdTech市場は急速に進化し、政府の強力な後押しと革新的なスタートアップの台頭により、教育のデジタル化が加速しています。しかし、この変革には課題も潜んでいます。デジタル格差の解消や教育の公平性確保など、克服すべき問題は山積みです。そんな中、次世代を担う人材育成に向けた新たな取り組みが始まっています。
シンガポールのEdTech市場は今、どのような未来を描こうとしているのでしょうか。
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シンガポールのEdTech市場の現状と背景
シンガポール政府によるデジタル教育推進政策のこれまで
シンガポールのEdTechの歴史は1997年から始まった。1997~2002年「教育における情報通信技術 (ICT) マスタープラン1(Mp1)」が実施され、学校に情報通信技術 (ICT) を活用する基本的インフラストラクチャが提供され、教師に基本レベルのデジタル能力が備わり、テクノロジーを教育の場で使うことを広く受け入れる基盤が築かれた。2003~2008年Mp2が実施され、より高いレベルの ICT 利用を達成する準備ができている学校を完全にサポートしながら、すべての学校が ICT 利用の基本レベルを達成できるようにし、カリキュラムと評価における ICT の統合を強化。
2009~2014年Mp3 は、学生が知識経済で成功するための重要な能力と素質を身につけることを目的として実施され、生徒による自発的な学習、協調的な学習能力、責任ある ICT の使用に焦点が当てられた。2015~2019年のMp4 では、学生中心で価値観に基づく教育を重視する MOE の方針に沿い、学生が責任あるデジタル市民になるよう支援が行われた。2020~2023年のEdTech計画では、MOE が技術的および状況の変化に迅速に対応、EdTech の効果的な使用を保証するために、応答性の高い機敏なアプローチと構造を採用した。
出典:https://www.moe.gov.sg/education-in-sg/educational-technology-journey
EdTechマスタープラン2030を発表
シンガポール政府が1997年からスタートした4 つの「教育における ICT マスタープラン」と「教育テクノロジー (EdTech) 計画 2020」 は、教育と学習における EdTech の利用の強力な基盤を構築した。この基盤の下、さらに革新を進めるため、シンガポール政府は、2024~2030年の新たな「テクノロジーによる教育の変革」マスタープランである「EdTechマスタープラン2030」を発表した。「EdTech マスタープラン 2030 」では、学校が教育と学習を強化するためにテクノロジーをより適切に組み込む方法について概説している。テクノロジー主導がますます進む世界で成功するために必要な、学生のデジタル リテラシーとテクノロジースキルの開発を強化することに重点が置かれている。人工知能などの新しいテクノロジーを活用して、すべての子供に合わせて学習をより適切にカスタマイズ。そして、テクノロジーを活用した授業、リソース、優れた実践をすべての学校で共有し、適応させる文化を強化し、拡大するという目論見である。国土も人口も少ない小国シンガポールが東南アジアのトップランナーとしてその地位を維持向上するために必要な人材育成への果敢な挑戦に余念がない。
出典:https://www.moe.gov.sg/education-in-sg/educational-technology-journey/edtech-masterplan
シンガポールのEdTechが抱える課題と今後の展望
デジタル格差の解消
誰もがシンガポールのデジタルファーストの未来に関わっていることから、シンガポールでは、国民全員がデジタル社会に参加できるように様々な取り組みが行われている。情報通信メディア開発庁 (IMDA) は、低所得世帯に手頃な価格でインターネットアクセスを提供する「DigitalAccess@Home」プログラムを実施。補助金付きのブロードバンド($5~$15/月という低料金)とデバイスを提供している。また、政府は、すべての年齢層のデジタルリテラシーを向上させる取り組みも開始。高齢者や中小企業のデジタル採用を促進するために、SG Digital Office(SDO)が2020年6月に設立された。また、2021年2月からはThe Digital for Life (DfL)運動がスタート。DfL 運動を支援するために、SDO は、個人、家族、若者、企業、およびコミュニティ全体がデジタルの知識、スキル、ツールを採用して、新しい社会および経済環境に有意義に参加できるように、国全体の取り組みを設計および作成している。教育現場では1997年にスタートした「教育における情報通信技術 (ICT) マスタープラン」によりすべての学生にデジタル知識、スキル、ツールを提供して次世代のデジタル格差の解消に努めている。
出典:https://www.imda.gov.sg/how-we-can-help/digital-access-at-home
https://www.digitalforlife.gov.sg/About/Digital-for-Life-Movement-and-Fund
https://www.imda.gov.sg/about-imda/who-we-are/sg-digital-office
https://www.moe.gov.sg/education-in-sg/educational-technology-journey
教育の公平性
シンガポール教育省 (MOE) は、すべての学生がデジタル学習ツールにアクセスできるようにするためThe Singapore Student Learning Space (SLS)を導入。SLSプラットフォームは、社会経済的背景に関係なく、すべての学生にオンライン リソースと学習教材を提供する。
また、教育における情報格差を埋めるために、シンガポールは教師が効果的にテクノロジーを指導に使用できるように教師のトレーニングに投資。教育者向け SkillsFuture(SFEd) プログラムは、教師がデジタルリテラシースキルを身に付け、テクノロジーをカリキュラムに統合するのに役立っている。また、シンガポール政府は、経済的制約により取り残される学生がいないよう、財政支援を提供している。すべてのシンガポール国民 (SC) には、自動的に Edusave アカウントが作成される。MOE 出資の学校に通う SC は、小学校教育の開始から中学校教育の完了まで、年間拠出金を受け取る。MOE 出資の学校に通っていない SC は、7 歳から 16 歳まで年間拠出金を受け取る。小学生: 230 ドル、中学生: 290 ドル。Edusave やその他の財政支援制度は、学習用デジタルデバイスを含む教育関連費用の負担に役立ち、教育の公平性をさらに高めている。
出典:https://www.learning.moe.edu.sg/about/overview-of-student-learning-space/
https://elis.moe.edu.sg/elis/professional-learning/professional-learning-opportunities/skillsfuture-for-educators-sfed/
https://www.moe.gov.sg/financial-matters/edusave-account
デジタル社会への移行に対応できる次世代人材育成
教育省(MOE)が提唱した「EdTech マスタープラン 2030」 のビジョンは、「テクノロジーが変革した学習、テクノロジーが変革した世界に向けて学生を準備する」こと。目標としているところは、学生はデジタルリテラシーが高く、さまざまなデジタルツールやリソースを駆使し、自ら目標を設定し、学習を管理することに自主性を持っている。教師はe-Pedagogy を駆使して、テクノロジーを活用した効果的な学習体験をデザインすることに熟達している。学校はインテリジェントで応答性の高い、デジタル装備の学習環境である。そして、ネットワーク化された EdTech エコシステムが構築されていることである。
そのためMOEは戦略的な推進ポイントとして、
①AI 対応でリソースが豊富なシンガポール学生学習スペース (SLS) を提供し、学習をよりカスタマイズできるようにする。
②生徒のデジタル リテラシーとテクノロジー スキルの開発を強化する。
③学生の 21 世紀のコラボレーション文化と EdTech 実践の発展を促進する。
④学校と学部のコラボレーションと EdTech 実践の文化を強化する。
⑤教師の EdTech 実践を強化する。
という教育と学習にテクノロジーをより広範に組み込む方法についての方向性を提供している。
出典:https://www.moe.gov.sg/education-in-sg/educational-technology-journey/edtech-masterplan
シンガポールのEdTechの主要企業
DOYOBI
Doyobi は、2020年に設立されたシンガポールのEdTech Start-up企業。「英語」と「科学を活用したコーディング」の2つのプログラムが用意されている。いずれも、学生が学業で優れ、実社会でのライフスキルを身につける支援を行うため、学生が批判的かつ創造的に考えるための完全な主体性とサポートが得られる安全で魅力的な学習環境を提供している。「英語」プログラムでは、魅力的な媒体としてDoyobiクエストの物語が学習者に主体性を与え、楽しく学習できるインタラクティブな世界を提供。21Cスキルと現実世界のリテラシーの実践でセッションごとに批判的思考、コミュニケーション、コラボレーションを適用し、現実世界のリテラシーが学べる。「科学を活用したコーディング」には、3つのプログラムがある。7-12歳向けモジュール式コンテンツの「Coding with Science」、11歳以上向けのプラグアンドプレイの Python プログラミング コンテンツの「Python in the Real World」と7-12歳向けの構造化された Scratch コーディング レッスンの「Learn Scratch with Science」。こずれもK12 CS フレームワーク、次世代科学基準、シンガポール MOE 科学シラバス、および国際バカロレアプログラムの概念に沿うもの。
Cialfo
2012年、Nanyang Technological University出身の二人の創業者が設立したStart-up企業 Cialfo はシンガポールに本社を置き、世界中に 250 名を超える従業員を擁し、急成長を遂げている世界的なEdTech企業。学生第一のキャリア探索と大学受験ネットワークのプラットフォームを提供している。もともとオリンピックのモットー「Citius, Altius, Fortius」からインスピレーションを得た社名「Cialfo」は、教育とは本当に何なのか、つまりより良い(より速く、より高く、より強い)自分になることが由来。
Cialfoは、初期のキャリア探索、大学の検索と選択のプロセスを通じて、高校生とそのカウンセラーをサポートしている。最先端のテクノロジーを利用して、学生とその関係するすべての人(カウンセラー、保護者、大学の採用担当者)が、理想の実現に向けて最善のステップを踏み出せるようにサポートしている。現在、Cialfoは 50 か国以上の 1,000 以上の高等教育機関の間で信頼できるパートナーとしての地位を確立しており、世界中の 2,000 以上の学校でカウンセラーやリーダーを務めている。Cialfoの使命は2030年までに世界中で 1億人の学生が教育を受けられるようにすること。
growbe
2016年に立ち上げられたシンガポールのEdTech Start-up企業 Gnowbeは、多くの分野の従業員が教育を継続し、最新のスキルを迅速かつ簡単に学習できるコンテンツを開発。このプラットフォーム「Microlearning Educational Design™ (MID)」は、オンボーディング、セールスイネーブルメント、学習および開発ソリューションをさまざまな分野に提供し、企業が従業員の仕事を支援するマイクロラーニングコンテンツ(MLC)を設計および開発できるようにしたもの。
MLC は、完了までにわずか 15 分以内のレッスンで構成される短いコースで、一口サイズの MLC を使用すると、空いた時間や旅行中に簡単に学習でき、10 ~ 20 レッスンで MLC を完了できる。MIDは、一口サイズのコンテンツ配信 + 教育デザインの原則 + ゲーミフィケーションと行動デザインの要素の組み合わせ + AIコンテンツを追加し、トレーニングの設計と配信方法に革命をもたらした。MID は、ストーリーテリング、ゲーミフィケーション、行動ナッジを活用して、ユーザーを「受動的」から「能動的」な参加に導く、一口サイズのソーシャルなeラーニング エクスペリエンスを作成する技術と科学である。
出典:https://www.gnowbe.com/about
Geniebook
Geniebook は、2017年にシンガポールで設立されたEdTech企業。220,000 人を超えるユーザーに利用される英語、中国語、数学、科学のシラバスを提供するシンガポール最大のオンライン学習プラットフォーム。AI の力を利用して生徒の学習過程をパーソナライズすることで、個人の長所と短所を正確に特定、課題を即座かつ正確に採点、保護者は生徒の進歩をリアルタイムで追跡できる。
Geniebookのオンライン学習製品は、以下で構成されている。
「GenieSmart」:学力の強みとギャップに基づいて質問を推奨する AI
「GenieClass」:経験豊富な教師によって指導されるライブおよび事前録画されたオンラインクラス
「GenieAsk」:生徒が教師とつながり、特定のレベルや科目についてのサポートを求めるためのソーシャル学習プラットフォーム
学生が課題を克服し、自信を持って社会に貢献できる知識とスキルを身につけるように設計されている。また、現在、シンガポール以外にもマレーシア、インドネシア、ベトナム、中国をはじめとして世界各地に拡大している。Geniebook は、Apricot Capital、East Ventures Growth、Lightspeed Venture Partners、エンジェル投資家によって支援されており、2021年10月には1,660万ドルを調達した。
出典:https://geniebook.com/why_geniebook
Emeritus
Emeritus は、2015年にシンガポールで設立されたEdTech企業。現在、シンガポール、米国、中国の3か国に事務所を構え、グローバルに展開している。Emeritus では、質の高い教育を手頃な価格で利用できるようにすることで、将来のスキルを教えることに尽力している。米国、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、東南アジア、インド、中国の 80 以上の一流大学と協力し、短期コース、学位プログラム、専門資格認定プログラム、および上級幹部プログラムを提供し、新しいスキルを学び、人生、会社、組織を変革するのに役立っている。最先端のテクノロジー、カリキュラムの革新、上級教員、メンター、コーチによる実践的な指導という独自のモデルにより、Emeritusは 80 か国以上で 350,000 人以上を教育してきた実績がある。
Emeritusでは、①キャリアの成長を促進するために特定の学習成果を満たすように厳選され、設計された成果ベースの学習。②学習者が仕事にすぐに応用できるスキルを構築するのに役立つ将来に備えたスキルを開発。③インストラクター主導のコースとコホートベースの学習体験は、EdTech業界で最も高い修了率 (80% 以上) を実現している没入型学習体験が大きなインパクトとなっている。
2017年よりシンガポール在住の日本人。元客室乗務員。大学ではマーケティングと経済を学び、卒業後は海外での生活と旅行を重ね、さまざまな国の文化や人々、食に関する豊富な知識を身につける。シンガポール人の旦那との結婚を機にシンガポールに移住し、現地で就労。現在はライター業と翻訳業を行っている。