現在、インドネシアでは2022年末の運用開始を目標に、ジャカルタとバンドンを結ぶ高速鉄道を建設しています。コロナ影響や建設費用などの課題がある中、現在どのような状況におかれているのでしょうか?
今回は、世界的に注目されるインドネシアの高速鉄道事情に関して詳しくご紹介します。
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インドネシアの高速鉄道計画の概要
高速鉄道を計画することになった背景
Sekretariat Kabinet Republik Indonesia(インドネシア共和国内閣事務局)の発表によると、2014年当時のインドネシア経済開発の加速と拡大(MP3EI)プログラムの中には、エネルギーインフラ整備計画として35,000メガワットの発電所建設プロジェクト、交通インフラ整備計画として、有料道路の建設、鉄道網の建設、Tol Laut(海の高速道路)の建設、24の港湾の新設と改修、10の空港建設が含まれていた。
2015年7月には政府よりジャカルタ-バンドン高速鉄道を建設するために「日本の新幹線」と「中国の高速列車」との間で「Beauty Contest」を実施することが公表され、結果、「中国の高速列車」が採用された。
その後、2016年1月には、「国家戦略プロジェクトの実施の加速」に関する大統領令で19の鉄道インフラ開発プロジェクトの一つに指定された。
沿線駅、延長駅、工事完了日(予定)
PT Kereta Cepat Indonesia China(KCIC)の発表によると、ジャカルタ-バンドン高速鉄道は全長142.3kmの線路長を持つ。路線全長のうち80㎞以上は高架構造であり、残りは13のトンネルと路床で構成されている。
沿線駅はジャカルタのHalim駅、西ジャワ州カラワン県のKarawang駅、西ジャワ州西バンドンのPadalarang駅、西ジャワ州バンドンのTegalluar駅の4駅。Tegalluar駅にはデポ(操車場)がある。各駅は各地域のターミナルとして公共交通機関が統合される。
2020年以来世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミックの影響で当初の開発スケジュールより遅延しているが、現在、PT Kereta Cepat Indonesia China(KCIC)では2022年末の運用開始目標を確実に実現するための取り組みを続けている。
在来線との乗車時間、運賃の比較
PT Kereta Cepat Indonesia China(KCIC)の発表によると、ジャカルタ-バンドン高速鉄道は最新世代の高速列車CR400AFを使用する。CR400AFの連結は4台の電動車と4台の非電動車の8台の車両で構成されている。
この構成によりCR400Aの設計速度は最大420km/h、運転速度は350km/hとなる。そのため、CR400AFはジャカルタからバンドンまでの距離142.3 kmを直行便だとわずか36分、各駅で停車する場合でも最大46分で到着する。現行のPT Kereta Api Indonesia(KAI)では約3時間かかる。
運賃は規制当局の承認を得た上で決定されるが、フィージビリティ・スタディの結果ではジャカルタ-バンドン間のチケットの実現可能な価格は16USDからと推定されている。現行のKAIの料金は9万ルピア(6.3USD)からである。
2021年10月時点の進捗状況
PT Kereta Cepat Indonesia China(KCIC)の発表によると、2021年10月時点でのジャカルタバンドン高速鉄道(KCJB)プロジェクトの建設の進捗は79%に達している。とりわけ13本あるトンネルのうち3本のトンネルの掘削が今後優先される建設ポイントである。
1つ目のトンネルはプルワカルタのジャティルフルにある2号トンネルで、長さは1,040m、現在までの進捗率は64.60%である。2つ目はプルワカルタのプレレッドにある4号トンネルで、長さは1,315m、現在までの進捗率は80.22%である。3つ目は西バンドン県のチカロン・ウェタンにある6号トンネルで、長さは4,478m、現在までの進捗は94.17%である。
また、PT KCICでは請負業者とともに237の建設ポイントの包括的加速に取り組んでいる。
インドネシアの高速鉄道計画の経緯
日本側の提案
日本はJRの新幹線方式を提案した。Forbesの「Japan‘s Rail Project Loss To China: Why It Matters For Abe’s Economic Diplomacy And For China‘s」の記事によると、当初日本はジャカルタからスラバヤまでジャワ島を横断する730㎞の高速鉄道プロジェクトを提案していた。2009年に行った実現可能性調査では、ジャカルタ-バンドン間144㎞の区間であれば乗客からの予想される需要が最も高いという点で、商業的実現可能性が最も強いと結論付けられ、ジャカルタバンドン高速鉄道(KCJB)建設プロジェクトが提案された。
日本のプロジェクト計画では、建設期間は、1年間の試運転期間を含む5年間が必要とされている。2015年に建設が開始された場合、2020年に営業運転が開始できることになる。
高速鉄道プロジェクトの建設費は約62億ドルである。JICA(国際協力機構)を通じて運営されている日本政府は、費用の75%を0.1%の長期円融資(譲許的融資に関する国際条約に準拠した条件)で融資する。残りの25%は、インドネシア政府と民間企業が調達する必要がある。そして、重要なことは日本の譲許的融資が公式の政府融資に関する国際条約に従ってインドネシア政府の保証を必要とするということであった。
2008年から高速鉄道の検討をインドネシア政府と共に行ってきたので、日本が落札することへの期待感が非常に高かった。
中国側の提案
次に、中国側の提案をみてみる。 Forbesの「Japan‘s Rail Project Loss To China: Why It Matters For Abe’s Economic Diplomacy And For China‘s」の記事によると、 2015年3月、ジョコウィ大統領が北京を訪問し、中国の習近平国家主席と会談を行った。中国側はインドネシア高速鉄道計画への支援を大々的に発表し、2015年4月にはインドネシア高速鉄道計画の入札に参加することを表明した。2015年8月にはジャカルタのショッピングモールにおいて高速鉄道技術展示会を行った。中国は中国国内の高速鉄道システムを提案した。
中国のプロジェクト計画では、建設期間は、3年間で完了する予定である。2015年に建設が開始された場合、2018年には営業運転が開始できることになる。高速鉄道プロジェクトの建設費は約55億ドルである。また、2%の金利で全額を融資することを約束した。さらに最終的にはプロジェクトの経済的リスクを自国で受け入れるとし、インドネシア政府の保証を要求しなかった。
また、インドネシア国内向けだけでなく輸出向けの高速鉄道、電気鉄道、ライトレールシステム用の車両を生産するためにインドネシア企業との合弁会社を国内に設立することを約束するなど、インドネシア政府が魅力を感じる提案をいくつかしていたとも言われている。
中国側が採用された理由
2015年9月にジョコウィ大統領のジャカルタバンドン高速鉄道(KCJB)建設プロジェクトに関する方針が、国の歳入予算(APBN)を使用せずに国有企業(BUMN)に引き渡すよう決定された。つまり政府による保証は行わずBtoBの形態を取ることになった。
財政に限りがある中で、インドネシア政府としては、ジャカルタバンドン高速鉄道(KCJB)建設より優先度の高いスマトラ、カリマンタン、スラウェシ、パプアに鉄道路線を建設することに焦点を当て、国家予算を使いたいと考えていたからである。
これに対し、日本の提案は、費用の75%を0.1%の長期円融資(譲許的融資に関する国際条約に準拠した条件)で融資する。残りの25%は、インドネシア政府と民間企業が調達する。そして、日本の譲許的融資は、公式の政府融資に関する国際条約に従ってインドネシア政府の保証を必要とするというものであった。
一方、中国の提案は、利率が2%と日本より高いが全額を融資することを約束した。さらに中国はプロジェクトの経済的リスクを自国で受け入れるとし、インドネシア政府の保証を要求しなかった。これにより、ジャカルタバンドン高速鉄道(KCJB)建設プロジェクトは中国が落札することになった。
インドネシアの高速鉄道計画の現状
建設費用の見通し
当初中国から提示された見積金額は55億USDであった。
Kompasの「Kereta Cepat RI-China: Awalnya Rp 86 Triliun, Bengkak Jadi 114 Triliun」によると、インドネシア政府が保証する必要のない中国開発銀行から受ける金利2%で40年返済の融資が全体の75%、残りの25%は株主資本によって支払われるスキームで、インドネシアのBUMN(国有企業)コンソーシアムであるPT Pilar Sinergi BUMN Indonesia(PSBI)が60%と中国のBUMNコンソーシアムであるBeijing Yawan HSR Co Ltdが40%負担する。
2021年9月の国会(DPR)第4委員会でのPT KAI(Persero)の財務およびリスク管理ディレクターの報告によると、現在のジャカルタバンドン高速鉄道(KCJB)建設費用見通しはコスト超過が発生しているため80億米ドルまたは114兆ルピアに相当するということ。
用地買収の進捗
PT Kereta Cepat Indonesia China(KCIC)の発表によると、2019年9月には、西バンドン県の用地取得事務所より、1,425区画の用地取得計画のうち1,028区画の引き渡しが完了しており、間もなく残りの土地の引き渡し手続きも完了するとの予想であった。また、高速鉄道全体の用地取得面積は620万㎡に及び取得率は99.03%に達しているという報告があった。
2019年12月には、東ジャカルタのハリム地区の地権者との間で補償金が決着し、ハリム地区の88%の用地取得が完了し、残りは12月末までに完了する予定であるとのこと。さらに、高速鉄道全体の用地取得率が99.93%まで進んでおり、残り0.07%は裁判所への委託段階で保証金を付与するプロセスにあるという報告があった。
コロナ影響による工事の遅れ
PT Kereta Cepat Indonesia China(KCIC)の発表によると、2020年1月にはすでにジャカルタバンドン高速鉄道プロジェクト(KCJB)ではコロナの発生が広がる前から参画しているすべての労働者に健康診断を実施し、プロジェクト環境周辺の作業環境の健康と安全を確保する取り組みを始めていた。
コロナが発生して以降、PT KCICでは海外(トランジットも含む)から到着したばかりのすべてのPT KCIC従業員とすべてのKCJB請負業者に対して、健康診断の形でスクリーニングを実施している。
ウイルスがKCJBの作業環境に侵入することを防ぐためKCJBプロジェクトを訪れた家族やゲストも同様に対応し、全従業員にマスクの着用を義務付けるなどしていたが、コロナの影響は避けられず工期の遅延が発生した。
インドネシアの高速鉄道計画の今後の動向
高速鉄道開通後の課題
台湾に高速鉄道が導入された際、比較的交通量は多いが、チケットの価格が他の交通手段と比較して相対的に高く設定されていた。チケットの価格が高いことがビジネス以外で利用する顧客を落胆させてしまったようで、乗客数は予想を下回り、高速鉄道の収入は債務返済に十分な額まで達しなかった。
台湾と比較してインドネシアは貧しい国である。また、ビジネスのための移動は台湾ほど期待できないため、平均的な市民にとって手頃な価格で利用できるように(そして政治的な反発を避けるために)チケットの価格を低く設定する必要がある。
そして、徐々に乗客数の拡大を図りながら、債務返済のために十分なキャッシュフローを生み出すことが重要な課題となる。
インドネシア政府がとりうる行動
中国とインドネシアの合弁会社PT Kereta Cepat Indonesia China(KCIC)に出資するインドネシアのコンソーシアムはPT Pilar Sinergi BUMN Indonesiaで、PT WIJAYA KARYA (Persero) Tbk、 PT Jasa Marga (Persero) Tbk、 PT Kereta Api Indonesia (Persero)とPT Perkebunan Nusantara VIII.の国有企業4社が出資している。
大統領は「ジャカルターバンドン高速鉄道建設加速」に関する2021年第93号大統領令で、2015年第107号大統領令では投資会社のPT WIJAYA KARYA (Persero) Tbkをコンソーシアムのリーダーとしていたものを鉄道会社のPT Kereta Api Indonesia (PT KAI)に変更している。
建設段階だけでなく、運用開始後のバックアップ体制も整備している。
ジャカルタ在住のインドネシア人。観光ガイドと通訳者を務め、インドネシアの観光地を日本語で案内している。日本語学科の大学を卒業し、邦人対応観光ガイド・国際イベントでの日本代表団担当連絡係員・通訳者・日本領事事務所長の地元アシスタントを経験。