2020年時点で、中国では900を超えるスマートシティプロジェクトが設立されており、交通インフラから行政業務に至るまで幅広いスマートシティの事例が生まれています。中国政府は「中国を世界の低コストの工場から高付加価値の大国に変える」という意向のもと積極的にスマートシティ計画を推進しています。
今回はそんな中国のスマートシティについて、中国政府の政策と実際の事例を中心に、現状を詳しく解説します。
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中国のスマートシティの市場動向
スマートシティとは?
スマートシティとは、情報通信技術(ICT)を使用して情報伝達の効率を高め、経済成長を促進すると同時に住民へのサービスと福祉の質を向上させている自治体のことである。
例えば、混雑した街中で駐車場を長時間探し回らなくても良いように、利用可能な駐車スペースを示すアプリ「スマートパーキングメーター」の活用などが挙げられる。
各都市の政策立案者は、5G、AI、新エネルギー車、クラウドコンピューティングの開発など、技術革新の促進に向けて多大なリソースを割いてきた。
中国の全国人民代表大会は、2020年初頭、これらの分野の技術革新を支援するための1.4兆米ドルの財政計画を承認した。また、アリババやファーウェイなどのハイテク大手を活用して、スマートシティの開発と展開をサポートしている。
中国のスマートシティの数
中国では2020年の時点で、900を超えるパイロットスマートシティプロジェクトがさまざまな都市で設立された。北京や上海などの都市は、スマートシティベンチャーの代表的な例であり、中国全土でのスマートシティ設立のペースを押し上げている。
中でも中国のスマートシティトップ10として挙げられているのは、以下の都市である。
①南京②朱海③深圳④杭州⑤重慶⑥広州⑦北京⑧天津⑨上海⑩成都
中国のスマートシティの市場規模と成長率
2020年、中国のスマートシティ産業の規模は約15兆元に達した。中国政府は、都市化の進展とともに、デジタル都市管理機能の開発を目指している。スマートシティ市場の領域には、物流、交通管理システム、公衆衛生、セキュリティ等が含まれる。
2016年の同市場規模は1.1兆元であり、4年間で約15倍もの規模に成長している。
2018年のスマートシティ産業におけるセグメント別の内容を見ると、スマートロジスティクス、スマートビル、スマートガバメント、スマートモビリティ、スマート医療サービス、スマートホームの順にシェア率が高くなっている。スマートシティ推進の上で、現状で最も開発、改革が進んでいるのが物流関係であると言える。
中国政府がスマートシティを推進する背景
中国はスマートシティを国家開発戦略の一部にしており、この概念は、2015年の全国都市化会議で習近平国家主席によって承認された。その後、2016年3月に採択された第13次5カ年計画(2016-2020)で明示的に言及された。それ以来、中央政府は中国全体でスマートシティの開発を大いに奨励している。
スマートシティが推進される背景として、「中国を世界の低コストの工場から世界の高付加価値の革新の大国に変える」という政府の意向がある。
また中国の経済成長、個人消費の増加、急速な都市化によって環境汚染や交通渋滞などの社会問題が増えたことも、スマートシティ推進の背景にある。IT技術を利用し、増える人口に伴う交通渋滞や環境汚染を食い止め、パフォーマンスを向上させ持続可能な都市をつくる狙いがある。
中国のスマートシティ政策
中国政府のスマートシティ政策~第11次5カ年計画(2016-2020)~
2016年に発表された「第13次5カ年計画」の中で、スマートシティの取り組みが初めて明言された。IoTやビッグデータなどを発展させ、都市インフラのスマート化や公共サービスの利便化を掲げた。この計画は2016~2020年の5年間における経済・社会の政策目標であり、中国政治における5年間の国家戦略が記されている。
「スマートシティ」という用語は、エネルギーグリッドから輸送/移動および駐車システムに至るまで、都市のインフラとサービスを改善するためのテクノロジーの使用に関連し、とりわけ水処理、廃棄物管理、セキュリティの側面を含んでいる。
第13次5カ年計画では、都市と農村の格差を是正することや、インターネット普及率、技術進歩率などの具体的目標数値が明確化された。イノベーション主導の開発戦略を実施するための内容も明言されている。また、環境を守るために大気の質やGDP当たりのエネルギー消費量削減率、二酸化炭素排出量削減率なども示された。
中国ではスマートシティ関連政策だけでなく、多くの政策で具体的目標値がなく明言を避けられていたが、近年は欧米流に数値目標を出すことも増えている。
中国政府のスマートシティ政策~第14次5カ年計画(2021-2025)~
最新の計画である「第14次5カ年計画(2021-2025)」でも、スマートシティ構想に絡むいくつかの政策が発表されている。概要は以下の通り。
デジタルトランスフォーメーション(DX)、インテリジェントアップグレード、統合イノベーションのサポートを強化することを目的として、情報技術、統合、イノベーションなどの分野で新しいタイプのインフラを構築すること。
モノのインターネット(IoT)の総合的な開発を推進し、広帯域と狭帯域を組み合わせた固定モバイルをサポートするIoTアクセス機能を構築すること。
交通、エネルギー、都市など従来のインフラのDXを加速させ、システム開発に向けた取り組みを強化すること。多様な投資チャネルを開拓し、新しいタイプのインフラの標準システムを構築する。
エネルギー革命を推進し、クリーンで低炭素、安全、かつ効率的なエネルギーシステムを構築して、エネルギー供給能力を強化すること。電力網インフラからスマートインフラへの転換、スマートマイクログリッドの構築を加速させる。電力システムの補完性と規制機能を改善する。クリーンなエネルギー消費とストレージ機能を強化し、遠隔地への送電および配電能力を強化する。
中国のスマートシティの事例
中国のスマートシティの事例~杭州×Alibaba~
中国大手IT企業Alibabaが開発するスマートシティソリューション「城市大脳(シティブレイン)」は、人工知能とネットワークインフラを使用して、交通システムを自動化している。公共交通機関のルートを最適化し、環境問題を特定することで、より効率的な公共資源管理を可能にしている。
Alibaba本社がある杭州は、シティブレインの導入以来、パイロットエリアでの車両通過時間が15%、救急車の到着時間が50%削減された。また、交通違反を監視するAI監視システムによって交通違反が削減された。
シティブレインは杭州の多くの駐車場に配備されており、主要な交通センター近くの混雑を減らすことを目的とした「パークファースト、ペイアターシステム」を可能にしている。同システムは、最初に治療を受け、後払いが可能な病院にも適用されている。これは、AIとビッグデータを利用して患者を治療するAlibabaのメディカルブレインと連携しており、すでに杭州のいくつかの病院で試験運用を開始している。
杭州でのシティブレインプロジェクトの成功は、中国全土の都市の注目を集めている。北京、上海、天津、マカオなどの都市はパイロットプログラムを開始しており、Alibaba東南アジア事業のハブであるマレーシアのクアラルンプールがこの技術を輸入している。
中国のスマートシティの事例~深圳×Tencent~
中国大手IT企業Tencentは、深圳に人工都市「ネットシティ」を建築する計画を進めている。これはIT技術を利用して、人と環境を最優先するスマートシティの1つのモデルとされている。
ネットシティは、米国を拠点とする建築事務所NBBJによって「都市環境の再構想」を目指して設計されている。深圳の南東部の都市にある200万平方メートル(2150万平方フィート)の場所に建築される。
NBBJによると、ネットシティはマンハッタンのミッドタウンとほぼ同じ形と大きさで、中心部に新しいテンセントビルがあり、居住区、小売スペース、その他公共施設など、従業員に仕事と生活の利便性を提供するとされている。オープンスペース、商業、交通、娯楽エリアは一般に公開される。
ネットシティは車の通行が少なく、建物の「緑の」庭の屋根と人工知能の使用により、「都市の建物の未来」のモデルであるとなる。センサー、カメラ、その他のガジェットを使用することにより、環境汚染、公衆衛生やセキュリティに至るまで、あらゆるデータを処理できる。
NBBJの設計パートナーは同モデルに対し「車の使用を減らし、人々のニーズに沿った計画戦略を増やし、より多くの人々のアクセスを可能にし、環境保全を強化することによって持続可能性を優先する」と述べている。
中国のスマートシティの事例~深圳×平安科技 Ping An Technology~
深圳は近年、ほとんどの行政業務をデジタル化している。Ping An Smart Cityの共同社長兼最高技術責任者であるWayne Hu氏が率いるチームは、街のデジタル化、特に「I Shenzhen」モバイルアプリのバックエンドを担っている。
公共料金や交通違反の罰金の支払い、住宅給付の管理、中央銀行のデジタル通貨の抽選参加など、8,000を超える政府の行政業務を処理している。
もう1つ、広く使用されているソリューションとして、Ping AnのAIを利用した食品規制ネットワークがある。これにより、レストランライセンスの発行の承認期間が数週間から、1時間以内に短縮される。応募者はアプリで自分の施設を撮影する。ビデオには、レストランが健康・安全コードに準拠しているかどうかAI判定できるGPSとタイムスタンプが含まれている。
Ping An Smart Cityのシステムは、港に到着後のコールドチェーン食品も追跡し、COVID-19が商品パッケージを介して広がる可能性がある懸念を緩和することにも役立っている。
中国のスマートシティの事例~天津×Tianjin TEDA Investment Holding Co.~
中国シンガポール天津エコシティ投資開発株式会社(SSTEC) Tianjin TEDA Investment Holding Co.は、エコシティの主要開発者として、シンガポールコンソーシアムと中国コンソーシアムが主導する50対50の合弁会社である。
天津にある中国シンガポール天津エコシティは、2008年に開始されたシンガポールと中国間の主要な政府間プロジェクトである。塩とアルカリの荒れ地の不毛な区画を、資源効率が高く、生態学的に友好的で、社会的に調和し、経済的に持続可能な都市に変えるという内容である。
10年間の開発後、エコシティには現在、10万人の人口と、7,700の登録企業および機関があり、登録資本金は2,890億人民元(429.6億ドル)である。エコシティは、2013年に中国国務院によって指定された最初の「国家グリーン開発デモンストレーションゾーン」であり、中国のスマートシティ開発の最前線でもある。
すべての建物は、環境に優しく、資源効率が高くなるように設計および認定されている。また再生可能な風力、太陽光、地熱のエネルギー源を利用して、持続可能な成長と発展を推進している。無人の公共バスなども走っている。
中国のスマートシティの今後の課題
市民利益ではなく企業利益追求の懸念
スマートシティ構想は、公の都市とIT企業などが提携して進められるが、それが本当に「市民の生活を改善し、より安全で快適、効率的に生活できる」ために進められているか、疑問に思う意見もある。
スマートシティプロジェクトの主導を民間企業が握っている場合、市民のためではなく、ビジネス上の利益追求が目的になる可能性もある。
IT企業のビジネスモデルはまた、絶え間ない成長を要求し、ときに不必要な商品の販売をもたらし、顧客都市の環境的および財政的負担を増大させる恐れもある。
また、スマートシティの技術革新の多くは、すでに裕福な人々のために設計されており、価格面などで低所得者への不利益が生じていることも懸念されている。
他国への技術移転の障壁
中国はスマートシティの開発を進めているが、関連企業は、テクノロジーを輸出しようとすると逆風に直面する可能性がある。
米中経済安全保障審査委員会の報告書では、中国がスマートシティを主導する世界的リーダーになり、国家戦略に対するスマートシティの重要性を高めていると述べている。ただし米国は、データを中国企業に提供しそれに伴うリスクを懸念して、中国の技術を輸入する可能性は低いとしている。
中国政府は技術を民間部門の手に委ねるために、国内の大手IT企業との官民パートナーシップを継続する可能性が高いが、欧米など多くの国がそれらを容易に輸入する可能性は低い。全世界的にスマートシティを主導する国にはなり得ないのではないかという意見もある。
上海在住で杭州出身の中国人。一橋大学の経済学修士課程修了。日本企業でマーケットインサイト部門で就労後、中国のIT会社でユーザー研究・マーケットリサーチに携わる。コンサル業界・証券業界の友人が多いため、リサーチ関連で助けとなっている。